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「オスロ・フィル泣き笑い記」

文=三軒茶屋道楽娘
ウワサの事件?の現場レポート。

12月1日(日)

 午後1時半。マリス・ヤンソンス率いるオスロ・フィルのコンサートを聴きにサントリーホールへ。日曜の午後のアークヒルズはとってものどか。自分も会社から飛んでいく必要がないし、ゆったり気分。会場はお世辞にも満員とは言えないが、噂のオスロ・フィルはどんな音を出すか、楽しみにする声があちこちから聞こえた。私もこの耳で直に聴くのが楽しみ。
 午後2時。ステージに最初の楽団員が姿を現すと同時に客席から拍手が起こった。拍手は最後のひとりが出てくるまで続き、楽団員の緊張顔もほころんでいった。そして、ヤンソンス登場。「ウィリアム・テル」が静かに始まった。チェロの絶妙なアンサンブル!! この1曲目からブラボーの声がかかり、盛大な拍手の後は繊細なベートーヴェンの4番コンチェルトに会場が息を呑む。後半のブラームス交響曲第1番では、大きな流れを形づくる演奏でに会場がどんどん活気づき、その勢いでアンコール三連発。何と2時間40分の大熱演で、お客の喜んだこと、喜んだこと!! 7割ぐらいしか埋まらなかったお客の拍手がこれほど大きく聞こえたことはない。
 明日のチケットも買っておいて良かったぁと家路についたのだった。

 ………と。ここまでは良かったのだ。
 でも、ここから先は、ワタシ、おちゃらけないと書けないもんね。

12月2日(月)

 午後6時半。今日も今日とてオスロ・フィル。会社からスキップ状態でやって来た。今日はベートーヴェンの「英雄」、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲1番、そして「ローマの松」という怪しいラインナップ。マニアが集まるかも?の予感。それにしても、昨日はあれしか入らなかったのに、今日は何故早々に完売だったの? ひょっとして、前座にメニューインが逆立ちでもするのっ?(ふ、古い)

 謎はすぐに解けた。ホール前には、手に手に招待ハガキを持った人の山。皆、カラーの特別刷りチケットと交換している。……うっ。会場内に入ると、無料招待の人の何と多いことか!! もしかして会場の半分、いやそれ以上が招待客か? とにかく目立つ。どうやら、某生命保険A社が大量に招待券をバラまいたらしい。おかげでチケットは完売。しかし、あちこちにまとまった空席も。
 入場者全員に配ったド派手なチラシには、まずA社からのご挨拶文。「本日は大変お忙しいところ…(略)…社業につきましては日頃より格別のご高配を賜り…(略)…今宵は日頃の皆様のご支援に対する感謝を込めて…(後略)…」と、まるで全員をご招待したかのような言いように、ちょっとブルー入る。

 招待券を握っているのは、オバチャンが圧倒的に多かった。別にいいのだ、オバチャンだって。自分もいずれそうなるんだし、プラシド様の楽屋口なんてあーた、追っ掛けオバチャンのパワー炸裂、若い衆の出る幕はない。だが、今夜のオバチャン達はちょっと違うぞ。「サントリーホールって、ゴージャス(←死語)ねぇ!!」と廊下いっぱいに広がって歩き、トイレに行っても大声で誉めまくる。オバチャンだけではない。OLご一行様も多数おり、「きゃーあ、サントリーホールってぇ、きれーえ!!」と、使う単語が少々異なるだけで、趣旨は全く同じ。やはりトイレの洗面台で、「サントリーホールともなると、この石鹸も自然化粧品かなっ」と真剣に討議。

 そうかと思えば、1階ロビー。背広の襟に協賛会社のバッチを付けた方々が多数集まる。紫煙の中、A社の偉い人が「どうもどうも」と挨拶しまくりで、とってもビジネスライクな雰囲気。まるで大企業のパーティー会場に迷い込んだみたいだなぁ。まぁ、オペラだのコンサートだののロビーは社交の場ですからね。しかし、せっかく会社から開放されて来たところなのに、これまたアンラッキー。

 午後7時。今日もメンバーがステージに現れると、パラパラと拍手が起こった。が、すぐに止まってしまい、客席のざわめきがさっきよりも大きくなる。ヤンソンス登場。「英雄」が始まった。今日もいい音を聴かせてくれる。が。演奏中、手で口を塞がずにゲホゲホ咳き込む風邪ひきオジサン。「あら、飴持ってるわよぉ」とガサゴソ鞄をまさぐり、飴の包みをメリメリ音をたてて剥くオバサン。よくあるメーワク光景だ。だが、この夜は「そんなふたり」がやたらと多く、あっちでメリメリ、こっちでメリメリ、メリメリ、メリメリ、メリさんの羊♪状態。ビニールのガサゴソ音や飴の紙のメリメリ音って、結構遠くの方でも聞こえちゃう。そんな彼らを「仕方ないなぁ…」と思っているうちに第一楽章が終わる。
 と、ここで、会場のどこからともなく拍手が沸き起こった。同時に「シーッ」とたしなめる声がしたが、その音をかき消すように拍手はどんどん大きくなり、ヤンソンスは困惑顔でコンサートマスターと二、三言交わす。結局、拍手が自然に鳴りやむのを待ち、気を取り直して第2楽章へいこうとするが、今度は客席がいつまでもざわめき、遅刻者の靴音も気になって一度構えた手を降ろしてしまう。大丈夫かっ、マリス!!
 それでも、彼らは偉かった。演奏はバッチリなのである。「どんな状況でも最高の音楽をお届けする」のは一流の証拠。むしろ、こんな事で動揺している自分が、「その時は」情けなかった。

 だが。沈むような音で第2楽章が終わったとき、またしても拍手が起こったのである。しかも、今度は「シーッ」が全く届かず、「ちょっと間違って拍手しちゃった」というのをはるかに通り越した状態で、乾いた拍手がだらだらと続く。そんな事したって、ヤンソンスが喜んで、舞台から餅蒔くわけじゃなし、一体どうなっているのだっ??!
 これは後で、一階中央に座っていた複数の人の話を聞いたのだが、彼らの周りには何人かのA社の偉い人達がいて、盛大に拍手をしてしまったらしい。もちろん、発端は彼ら以外にもいるわけだが、これに続いて部下が拍手し、そうすると、「いいのかな?」と躊躇した人も安心して拍手し……よって、あのような拍手の渦になっていまったらしい。「その度に注意したのに、あいつら、やめようとしないんだ」と大憤慨。
 うーん、それがホントだとしたら、何という愛社精神!! せっかくお越し頂いた招待客のため、全社一丸となって必死に盛り上げようとするなんて、もはや清々しいですね。とにかく、もうこうなったら手の施しようがない。案の定、3楽章の終わりにも拍手が起こり、その時の私は既に頭の回路がバカになり、「1楽章が『英雄』、2楽章がショスタコ、いまのが『ローマの松』で、次はアンコールか? じゃ、これが終わったらこの人達、帰ってくれるかなっ」と薄ら笑いを浮かべていた。

 どうにかこうにか前半が終了。いい演奏だった……けれど、何だか釈然としない。廊下に出ると、「ホント、サントリーホールって、格式高いわぁ」とまたまた箱だけを誉めつつも、我先に喫茶コーナーへ突進する多くの人々。その間を縫って、「ちょっとー。今の何スか?」「勘弁してくれよー」「ショスタコであれ、やられちゃ、たまんないよ」と心配する面々が1階へ降りていく。私も階下へ。するとそこには、すでに主催者カウンターに詰めかけた抗議の人で一杯だった。
「自分でお金払って、何で招待客の不作法に嫌な思いをしなければいけないんですかっ」
「協賛会社の責任者呼びなさい!!」
 と、怒る、怒る。まぁ、声を荒らげたのは少数だが、その周りに二重、三重に人が取り巻き、「ちょっと、これは困りますよ」と静かに抗議していた。

 確かに。楽章の合間の拍手は、絶対にしてはいけないものではない。そんな規則はないし、演奏が奇跡的に良かったとか、グルダが腕をブンブン振ってロックの様にフィニッシュしたといったときは、自然に拍手が沸きおこる。だが、それはごく稀なことで、やっぱり楽章の合間の拍手はマナー違反じゃないだろうか。しかも今回のように、「えっ? いいの? いいの?」と迷いつつ、「皆がするから一応拍手しておこうか」という、どっちつかずの拍手はとても気持ちが悪い。昨日の拍手とは何という差だろう。心酔故か、お義理か、拍手だって「口ほどに物を言う」のだ。
 飴の紙音も、本人達はそれほどに思わなかったのだろう。慣れない人がコンサートに来て、失敗してしまうのは仕方がない。だが、失敗しそうな人が圧倒的に多かったのが、この日のコンサートだ。いっそ全員招待客だったら「仕方ないな」と諦めるかもしれないが、自分で1万円以上払って、何ヵ月も前から楽しみにしていたお客もいる。それを、「これは当方としましても、全く予期出来ないことでございまして…」で終わらせてしまったら、こちとら浮かばれませんや、ダンナ、という感じ。

 騒ぎを見ていたお客も多かったし、後半は結構静かにスタート。オスロ・フィルが最後まで気合の入ったいい演奏を聴かせたのには脱帽。そういう意味では、値打ちのあるコンサートだったかも。
 最後に、怒るお客から主催者は身を挺して協賛A社を守ったが、あれだけ同じ社員バッチをつけた人が目立つと、どうにも恥ずかしいものだ。本当に不作法だったのはごく一部の社員だけかもしれないのに、大金出して、怒られて、A社も踏んだり蹴ったりかも。私もすっかり貴重な体験をしてしまったが(いや、マジに色々考えさせられた)、「あれさえなければいい演奏会だったのに」と、やっぱり心のどこかに傷が残ったような気がするなー。



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