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  Wonder Jukeな日々
ご好評をいただいてきましたクラシック音楽ネット配信サービスWonder Jukeクラシックのディレクター日記、今回が連載最終回となります。注目を集めたWonder Jukeクラシック、残念ながら9月末でサービス終了となったのです。ううむ。



文=山尾敦史

 


連載第10回山尾、WJC終了に思う

 思い返してみると自分がいろいろな音楽を知り、幅広く奥深いクラシック音楽を楽しめるようになったのは、ラジオのFM放送があったからに他ならない。好奇心旺盛なリスナーにとって、そこへ次々と容赦なく音楽を流し込んでくるFM放送というメディアは、まさに打ち出の小槌。無料だったせいもあると思うが(いや、厳密にはNHKへ受信料を払っていたのだけれど)、毎日毎日、違ったメニューが登場する食卓のようなものだったかもしれない。おかげで自分のような人間ができてしまったわけだが、これは決して特別な例ではないのだ、とも思う。
 
 だいぶ以前になるが、実はとある有名レコード店チェーンで働いていたときに、こういう話を聞いたことがある。ある店に、クラシック音楽ファンだという中学生が、毎日のようにたずねてきた。その店は店舗の構造上の問題からクラシックのコーナーが他のジャンルの売り場と離れており、1日中クラシック音楽ばかりを流しておけたのだそうだ。学校が終わる時間なのか、その中学生は毎日のように夕方になると現れ、必ず1枚はレコードを聴いていく。そのうちに店員と仲良くなった彼はリクエストをするようになり、店にあったレコードを次々と“制覇”していった。売り場の担当店員はもちろんクラシック音楽好きなので、ちょっとした日常の息抜きタイムくらいにしか思っていなかったが、他の店員は「買いもしないのに聴きにばかりくる」というこの珍客(いや、買わないのだから客とも思っていなかったのだろう)には、ちょっと辟易していたらしい。あるとき、この話題が店のミーティングで出たときに、クラシック売り場の店員はこう言ったんだという。
「確かに彼は、店にとっていいお客さんではないかもしれない。中学生なのだから、毎月のようにレコードを買うことはできないだろう。しかし彼が毎日、いろいろなレコードを聴いてたくさんの音楽や演奏家を知ることで、あと何年かたったときには必ずレコードを買ってくれる音楽ファンになってくれるはずだ。うちの店では買ってくれないかもしれないが、ただでさえ少ないクラシック音楽の売り上げを上げるためには、まずファンを育てることからしないとだめだ」。
 僕は、25年も前にこの話を聞いた時からずっと忘れずにいるし、今でもその気持ちを心にホールドしながら仕事もしているつもりだ。こういうことを書くと、また「山尾、なにをまた甘いことを書いてんだ」と言われてしまうんだけれど(すでに散々言われているから、もうどーでもよくなっているんだが)、好奇心があるリスナーにできるだけ多くの、そして偏見を持たないように幅広い音楽を聴いてもらうチャンスを作るのは、自分の使命のような気もしているのである。自分がそうやってクラシック音楽の素晴らしさを知ったのだから、今度は“立場を利用して”送り手側になるのが自分の仕事なんじゃないか。

 So-netからWonder Juke Classicの仕事をいただき、数ヶ月ほどたった頃、僕は「あ、これで、(将来的にはFM放送と肩を並べることができるかもしれない)ネット・ラジオへの足がかりができる」と確信した。ネット・ラジオは海外に多数のステーションがあるのだが、日本ではあまりに規模も数も少ない。たまにストリーミング配信をしていたとしても、契約の関係でCMがカットされていたり、肝心の音楽がカットされていたりする。もちろん今すぐネット・ラジオをしようと思っても、好きな曲やCDをかけることなどは許されないだろう。まだまだ法整備を必要とする段階なのだから。そうした中、ナクソスというオープンなレーベルが存在したおかげでWJCはどうにか体裁を整え、基礎固めができた。しかしこれは例外中の例外。日本でFM放送のように自分が選んだCDを自由にかけていいネット・ラジオを実現するのは、もう少し先のことになるだろう。だからこそ、WJCを充実させることでネット・ラジオ文化への足がかりができるのではないかと考えていたのは事実だ。そしてそれにより、クラシック音楽ファンのすそ野を広げることができるのではないか、ということも。
 
 WJCのサービス終了は、iTunes Musicに代表されるダウンロード型サービスの弊害だろうという意見があるようだが、少なくとも僕は無関係だと思っている。それは両方のサービス内容を比較すれば一目瞭然だ。ダウンロード型サービスと大きく競合するとは思えないのである。ダウンロード型サービスというのはあくまでも購入する(させる)ことが目的のサービスであり、それは曲や演奏家についての知識があるという前提で成立するため、クラシック音楽ファン層を拡大することになるかについては大いに疑問を持っているのだ。もちろんWJCも課金サービスなので楽しむ権利を“購入”してもらうことが条件ではあったが、少額で1ヶ月間は好きなだけ配信音源を聴けるというメリットがあった。僕は前者を「購買者」、後者を「遊びに来てくれる人」だと位置づけている。自分が好奇心旺盛な時代の初心者リスナーだったら、間違いなく後者を選ぶだろう。だからこそ、そういったリスナーをすくい上げる意味においても、もうちょっと続けて欲しかった。
 
 
 最後に、あくまでも個人的な意見ではあるが、客観的な企業経営という観点からみればSo-netはよくここまでもたせたと思う。最終的に削除業務の対象となってしまったが、値上げもせずに累積赤字を抱え続けてもやってきたのは、熱心な音楽ファンでいらっしゃったと聞く前社長の存在もさることながら、退会数が極めて少なかったという契約者の皆さんの存在があったゆえに、スタッフの心の支えになっていたのは事実なのだ。だからこそわれわれは悔しい思いでいる。
 その契約者のみなさんから、アクセス数とアクセス傾向というデータではあるが、たくさん未知のことを教えていただいたのも事実だ。自分が勘違い野郎だったと気づかされることもあった。その経験とデータは、これから無駄にできないと思っている。契約をされている方で、ここをご覧の方がいらっしゃったら、心からお礼を申し上げます。

[完]


[Wonder Juke クラシックとは?]
So-netが提供するクラシック音楽の本格的ネット配信サービス。クラシックではかつてない本気度の高さだったのだが、諸事情により9月をもってサービス終了となった。実に無念なり。


◎バックナンバー
第9回山尾、他人の秘密はのぞきたいものだ、と思う
第8回
山尾、選曲の秘密を(ちょっとだけ)語る
第7回
山尾、簡易録音の音質に驚く
第6回
山尾、ネット配信の認知度を考える
第5回
山尾、WJCユーザーの姿を見誤る
第4回
山尾、定番ラインナップ構築をあなどる
第3回
山尾、驚喜乱舞を経て大口を開ける
第2回
山尾、ワンダージュークのなんたるかを知る
第1回
山尾、ワンダージュークに出会う



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