●神様がどこまでお見通しかってのは、人の子であるわれらには分からんよな。
●ジーコ・ジャパン初陣、ニッポンvsジャマイカは期待通りの、そして恐れていた通りの試合になってくれた。ニッポンの選手のデキがどうかなんてのは関係ない。戦術がどうっていうのもあまり意味がない。メンバーの選択がすべて。GK:楢崎正剛、DF:名良橋晃、秋田豊、松田直樹、服部年宏、MF:稲本潤一(→中田浩二)、小野伸二(→福西崇史)、中田英寿、中村俊輔、FW:鈴木隆行、高原直泰(→柳沢敦)。ファンなら誰しも夢見るが、世の中の監督で実践する人はいない夢の中盤を、ホントに神様は先発させてしまった。さすがにこのメンバーだと稲本は下がり目でプレイすることになったし、サイドバックも上がりにくい(右は上がっていたけど)。で、どうなったか。
●前を向いてプレーすれば、まるでオールスター・ゲームを見ているかのようなスペクタクルが実現。事実前半7分には小野の美しいゴールが簡単に生まれた。が、いったん攻められると最終ラインまであっという間、ゴール前の勝負に持ち込まれる。後半35分まで無失点でいられたのは相手のミスが多かったからに過ぎない。ジャマイカもお付き合いをしてくれたかのように、個々が個人技を見せるだけの勝手なプレイを続けていた。
●トルシエ・ジャパンの(というよりは現代サッカーの)窮屈さから比べたらなんという開放感か。相手ゴール近くまでボールを簡単に運ぶための「オートマティズム」なんてものは一切ない。ボールを奪ったらまず相手ゴールに一番近い選択肢を選ぶ「ダイレクト・フットボール」なんてものもまったく存在しない。もちろんオフサイド・トラップなんて言語道断。テクニックによってひたすらボール保持率を高めるという、今の感覚からすると恐ろしくリアリズムを欠いたクラシックなサッカー。目指すはポルトガルなのか(ワールドユースで活躍した黄金世代っていうキーワードも共通している)。俊輔は思う存分足元でボールを愛でていた。
●この感覚って、今から思い出せばオフト・ジャパンって気もする。あの時も中盤はワイドに広がらず菱形になってて、攻撃的MF3人(ラモス、福田、北澤)に守備的MF1人(森保)だったっけ。サイドバックは都並はときどき上がったけど、右は堀池で守ってたっけ(今日とは左右逆だけど)。あの頃って、ラモスと福田と北澤が共存していることに誰も疑問なんか持たなかったよなあ。なんて素朴だったんだろう。ジーコ・ジャパンは個人能力が当時よりずっと上回っているという点で、まさにワタシらがオフト時代に夢見た日本代表そのものなんじゃないか。
●この布陣でたとえばW杯アジア予選を戦うことは常識的には考えられない。しかし神様は常識を超えているのかもしれないし、あるいは「ほうら、これじゃダメでしょ?」とワタシらに教えるためにまずこの試合を見せてくれたのかもしれない。超攻撃的なジーコ・ジャパンはジャマイカにホームで1-1で引き分け、一方あんなに窮屈だったトルシエ・ジャパンはハッサン2世杯の中立地でジャマイカを4-0で打ち砕いた。この事実は「どっちが強いか」どころか「どっちがスペクタクルか」という恐ろしい疑問も抱かせる。
●中期的な退潮とひきかえに今現在の快楽を取るかどうか。困った問題だが、ワタシは神様が決めることならどちらでもいいと思っている。(10/17)
October 17, 2002