December 26, 2003

駅の改札エビス事件

●駅の改札を出ようとすると、少し離れた階段でどさりと重いものが落ちるような音がした。振り返ると、黒いコートを着た初老の男性が倒れている。階段の中ほどで足を踏みはずしたようだが、段をまたがって斜めに倒れたまま起き上がろうとしない。額からは鮮血が流れ出ている。頭をぶつけて額を切ったらしい。視線が虚ろである。あたりの人込みの中から二人組の女の子が近寄ってきて、男性を助けようとする。忘年会シーズンの夜、駅は昼間と変わらず混雑している。
●だれかが倒れると、みな一瞬固まる。助けに行くべきか、立ち去るべきかという躊躇の瞬間がある。あれは倒れている人物が助けようとしても安全な、普通の人であるかどうかを見極めようという、避けがたい逡巡の時間なのだろう。ところがだれか十分な人数が助けにいったとわかると、今度は人は安心して立ち止まり、その視線は突然無遠慮になる。初老の男はまだ倒れたままである。足元にコンビニのポリ袋があり、そこからエビス・ビールが二缶、転げ出ている。背後の人だかりから若者の声が聞こえてきた。物珍しそうに小声で囁きあっているのが聞こえた。
「おい、エビスだよ、エビス」
「ああ、エビスか。エビスだよな」
(12/26)

トラックバック(0)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.classicajapan.com/mtmt/m--toraba.cgi/51

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「プスカシュの名言」です。

次の記事は「マルティヌー、小野正嗣」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ

国内盤は日本語で、輸入盤は欧文で検索。