●スティーヴン・キングの新刊「幸運の25セント硬貨」(新潮文庫)読了。といっても短篇集である。しかも、もともと一冊の短篇集だったものの前半が「第四解剖室」、後半が本書として翻訳されているので、これで一冊というよりは二分の一冊。あとがきがこっちにあるから、つい知らずにこっちだけ買っちゃったんだけど。ま、いいか、短篇集を後半から読んだって。
●キングは初期のホラーから最近作までの数十年間、作風が変わってきているにもかかわらず、どれを読んでもみんな同じようにおもしろいからスゴい。さすがにもう新味はないけど、なくていい。本書でいちばん楽しめたのは「一四〇八号室」。初期のホラー作家時代の名作「シャイニング」と同様、幽霊屋敷ならぬ幽霊ホテルものなのだが、これがムチャクチャ怖い。たとえば「音」の描写。
さきほど力まかせに開けた窓の横でカーテンが漫然とそよいでいる。だが、新鮮な空気が顔に吹きつけてくるわけではない。まるで、部屋がカーテンを吸い込もうとしているかのようだ。五番街を往来する車の警笛はまだ聞こえる。しかし、いまや遥か遠くに。では、サクソフォンの音は? まだ聞こえたとしても、それは甘い音色とメロディを部屋に剥奪され、無調の弱々しい単調音だけになっている。その音から連想されるものといえば、死者の首に開いた穴を通り抜ける風の音、あるいは瓶の口に切断された指を突っ込んで勢いよく抜くときのはじける音、もしくは--。
●この短篇集は肩の力の抜け具合が魅力。次は(全部文庫で出揃ったら)大作「ザ・スタンド」を読まねば。欲を言えば各巻ズボンの尻ポケットに入るサイズで収まってくれるともっとありがたいんだがなあ→「ザ・スタンド」。