●遅まきながらアジアカップ&ユーロ2004超観戦記(西部謙司著/双葉社)を読んだ。サッカー批評叢書の一冊。堪能。いまサッカー界で一番読みたいと思わせる人っすね、西部謙司さんは。ジーコ・ジャパンが優勝した中国でのアジアカップと、ギリシャが番狂わせの優勝を果たしたユーロ2004の観戦記。どちらも後々まで記憶が残るようなかなりおもしろい大会だったわけだが、これを読んで反芻し、再びあの幸せなフットボールな日々を思い起こした。
●ピッチ上でなにが起きているかという分析力、確かなサッカー観、行間から感じ取れる「ボールを足で蹴った感じ」、いずれも本を読む楽しさを支えてくれる。でもそれだけじゃダメなんである。人は「正しいこと」が書いてあるからといって、本を読もうとはしない。おもしろいから読むんである。
●たとえば、ユーロでチェコ相手に逆転負けを食らったオランダのアドフォカート監督。あの試合はだれが見ても監督の采配ミスだった。でもアドフォカートには立派な実績もあって、ワタシはなんとなく「名監督」の印象を持っていた。でもオランダ人たちのアドフォカート観は違ったようだ。メディアではアドフォカートは「バカ」と呼ばれていた。愛されて「バカ」と呼ばれたんじゃなくて、本当にバカにされてて「バカ」呼ばわりされていたんである。それについて、
米ソ冷戦時代、旧ソ連のリーダーだったフルシチョフに「あんたはバカだ」と噛み付いた議員がいた。フルシチョフは「お前を死刑にする」と言い放った。議員は激怒した。「こんなことで死刑にできるのか、え?」。フルシチョフは無表情に答えた。「できる。お前は国家の重要機密を漏らしたからだ」。このフルシチョフぐらいのキレを見せていれば、たぶんアドフォカートは「バカ」と呼ばれることはなかったのだろうが……。
と来たもんだ。いやあ、笑える。フルシチョフの話はどこかで読んだ気もするが、アドフォカート監督がいかにバカにされているかを語る上で、このエピソードを持ってきて鮮やかなコントラストを作るあたり、たいへんサービス精神に富んでいる。だって「バカ」と対極にあるものだから、こういう切れ味鋭いユーモアというのは。
●あと「ジーコ・ジャパンのなんたるか」についてもこれほど明晰に語った文を読んだことがない。強くオススメ。