●ピアノのリサイタルでは、ヒーロー/ヒロインはピアニストである。が、だからといってピアノを学ぶ子供がピアニストに憧れるかというとそうとも限らない。たとえば、さまざまな器具を用いてピアノの音を一変させる調律師が、魔術的で神秘的な存在として、ピアニスト以上に輝いて見えることだってあるだろう。
●絵本作家M.B.ゴフスタインの最新刊は「ピアノ調律師」(すえもりブックス)。大人のための絵本、というかもはや絵よりも言葉の比重が大きくなり、ちょっとした短篇小説くらいの読み応えがある。主人公である老ピアノ調律師は孫娘にピアノを教えているが、少女が目を輝かせるのは調律の瞬間である。ピアノ調律師の古い友人である世界的なピアニストが言う。
わたしがあの子の年の頃には、もうロシアの王妃さまの前で演奏していたんだよ。ルーベン、君の小さな孫娘も、わたしと同じように才能があるかもしれない。だけど、世界中の何よりもピアニストになりたい、と思うのでなければ、そうはなれないと思うよ。あの子はピアノ調律師になりたい、とそう言っていたじゃないか。
子供は自分が何者であるかを知っている。大人になると自分が何者かを探しはじめる。