●なんという傑作。文庫化されたのを機に読んだのだが、もっと早く読んでおくべきだった、「コカイン・ナイト」(J・G・バラード著/新潮文庫)。J・G・バラードは60年代から未来に向かって警鐘を鳴らし続けてきた。なにがすごいって、その姿勢が96年の本作でも変わってないってこと。だって、バラードは30年生まれだからこの時点で60代後半っすよ。それでも未来を向くのか。
●「コカイン・ナイト」は「病理社会の心理学」をテーマにした三部作の第一作として書かれている、というと晦渋な小説かと思われそうだが、あらすじだけなぞるとフツーにミステリーである。主人公は旅行作家。地中海の高級リゾート地で殺人事件が起きる。主人公の弟がそこで犯人として逮捕される。旅行作家は弟の無実を証明しようと、リゾート地に乗り込み、真犯人を探す。
●で、音楽ファン向けに、登場人物の一人の台詞を。これがこの小説の重要なテーマになっているので一部伏字にしてしまうが、○○にはネガティヴな言葉が入る。
「芸術と○○は常に、相並んで繁栄の道を歩んできたのです」
これは名言。表立ってはだれも肯定できない類の真実だろう。
●現代の都市生活者が思い描く理想の生活が、「停滞したリゾート地で引きこもって眺める衛星テレビ」という形に収斂していくのも、すごくピンと来る。病んだ社会を描き、これだけペシミズムに支配されているのに、読んでいるとウキウキした気分になってしまうのはどういうわけか。