●駅前のコーヒーショップに入って本を読んでいると、どこか遠くからアラーム音のようなものが聞こえてきた。安物の目覚まし時計にプリセットされている電子音。「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……」。この音がずっと鳴っていて止まないのである。店内は混雑しており、相当にうるさい。だから「ピピピピ」もかすかにしか聞こえないのだが、こういう音はアラームなんだからわざわざ気に障るようにできているわけで、無視するのは難しい(しかもわが家の目覚ましと同じ音だ)。
●「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……」。音は止まない。どこから聞こえてくるんだろう。心頭滅却、負けんぞワタシは、無視無視、本を読むぞ読むぞ読むぞ、無視、無視、無視、無視、無視、無視、ピピピピ、無視、ピピピピ、無視、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、うわっ、ダメだ敵わん、頭の中にピピピピが侵食してくる! ええい、どこから聞こえてくるのだ、この音は!
●ピピピピ、ピピピピ……。ついにだれかが店員さんに苦情を伝えた。店員さんはなんとワタシの隣にいた客のほうに近づき、なにごとかを口にした。ピピピピ、ピピピピ。客は40歳前後の男性。ピピピピ。男は店員に無表情のまま応対し、曖昧に頷いた。ピピピピ。ペンを持って、ずっとテーブルの上の資料になにかを書き込んでいる。ピピピピ。ラフな服装だが、書類仕事をしているように見える。ピピピピ。店員が去ってもなお男はなにかを書いている。ピピピピ。一段落したのか、男はやっとズタ袋に手を突っ込んだ。ピ。袋の中でごそごそとなにかを操作すると、ピピピピは止まった。うおお、こんな近くで鳴っていたのか。あたりに静寂が訪れた。
●この間、男はまったくの無表情であった。「しまった」という表情も「すみません」という仕草も一切見せず、なにひとつ気にしていない。自分の持ち物のなかからアラーム音が鳴っている、そんなことをなぜ周囲が気にするのかまったく理解できないが、店員に言われたから音を止めた、そんな感じ。音を巡る環境について、たとえば無用かつ無神経なBGMを強制的に聴かされることを嘆く人々がいるが、そのような些細な問題をはるかに超越して、もはやアラーム音ですら気にならないという都市に適応しすぎた姿がここに。モートン・フェルドマンがどうとか言ってる場合じゃないぞこりゃ。ピピピピ。あっ、幻聴が。
March 16, 2006
恐怖、ピピピピ男
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