●ガルシア・マルケスの「族長の秋」(集英社)を再読中。「百年の孤独」と並ぶガルシア・マルケスの代表作。ラテン・アメリカの架空の国における大統領を描く。テーマは「愛の欠如」(ってのに最初に読んだときはピンと来てなかったのだが)。この物語に登場する印象的な音楽シーンは二つある。一つは、毎夜繰り広げられる死の拷問に覆いかぶさる大音響のブルックナーの交響曲。もう一つは「騾馬の群れの悲鳴と谷底に落下するピアノのためのデュオ」。
●大統領は権力を掌握すると、旧来の恥ずべき悪習を一掃しようと考えた。たとえばコーヒー農園の仮装パーティのために、騾馬たちがグランドピアノを背負って断崖絶壁の道を辿るなんてのは止めさせようと、高地に鉄道を建設した。なぜか。
つまり、彼は奈落の底でめちゃくちゃに壊れている三十台のグランドピアノの惨状を、やはりその目で見ていたのだ。このグランドピアノのことは外国でも話題になり、大いに書き立てられたけれど、その真相を知っている者は彼ひとりであった。たまたま窓から外を見たまさにその瞬間に、最後尾の騾馬が足をすべらせ、ほかの仲間を巻き添えにして谷底へ落ちていったのだ。したがって、転落していく騾馬の群れの恐怖の悲鳴と、その道連れになり、虚空に侘しい音をいつまでも響かせながら、谷底へと落下していくピアノの音楽を聞いた者は、彼以外にはいなかったのだ。
●このインパクトはシュトックハウゼンのヘリコプター弦楽四重奏曲を超えるな。いや、実在してないんだけど。