●自分は何者か。これを自分に問いかけると、永遠にその答えは出ない。では、私は何者か、と人に尋ねたとすれば、尋ねられた相手は私の顔色をうかがいながら、レトリックを凝らして、私という人間を複雑かつ多面的に表現してくれるかもしれない。でも私のいないところで、この問いが発せられたら、案外話は簡単だったりする。「あー、あいつ、×××なヤツだよね」とか。
●で、ロシア映画「太陽」(アレクサンドル・ソクーロフ監督)を見てきた。主役は昭和天皇(イッセー尾形)。天皇ヒロヒトが敗戦からマッカーサーとの会見を経て、人間宣言を決断するまでを描く。日本では作られようがない映画を、これまでヒトラー、レーニンといった20世紀の権力者を描いてきたソクーロフが撮った。終戦直前の頃なんて、もちろんワタシは直接知らないわけだけど、ワタシの目で見てここには「ガイジンの描いたヘンテコな日本」はどこにもない。型にはめて言えば、現人神とされた日本のエンペラーが自らの神性を否定するまでの苦悩や孤独を描いている。エンペラーとは何者だったか。歌を詠む。生物学を研究している。平和を願う。家族を心配する。
●印象的なのはソクーロフの第三者視点。たとえば東京は空襲で廃墟になっている。陛下の居所だけは楽園で、あとは瓦礫の山。もし日本人がこれを撮ったら、ほとんどの人は廃墟で庶民が苦しむ姿を入れてしまうと思う。ひょっとしたら大八車を引いて逃げ惑う人々を挿入してしまうかもしれない(いや、それは「ゴジラ」からの借り物のイメージなんだけど)。でもソクーロフは淡々と控えめに廃墟となった東京のカットをさしはさむ。そりゃそうか。でも戦慄する。
●ちなみに昭和天皇がイッセー尾形なら皇后は桃井かおり、侍従長は佐野史郎。ハリウッド映画ではないので、日本人同士の会話は全部日本語、英語が話されるべき場面は英語。音楽はロストロポーヴィチのバッハの無伴奏チェロ組曲他。平日のレイトショーだが満席だった。
「太陽」(アレクサンドル・ソクーロフ監督)
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