●東京全域で渋谷のわずか一館でしか上映されていないという不人気ぶり。しかももうすぐ打ち切られそうなので、慌てて映画館で「スキャナー・ダークリー」。映像は実写にデジタル・ペインティングを施してアニメ化したもの。キアヌ・リーヴスとかウィノナ・ライダーとか出てるのに、全部アニメなんすよ!
●客席も閑散。こんなに映画が不人気だと、むしろ原作のほうが有名なんじゃないか。P.K.ディックの「スキャナー・ダークリー」(または「暗闇のスキャナー」)は、3回も異なる翻訳者、出版社で刊行されている。そんな翻訳小説はめったにない。
●舞台は7年後のアメリカ。物質Dという新たな麻薬と、コカイン、ヘロインが社会に蔓延している。主人公は覆面麻薬捜査官。職務中は姿を変える特殊なスーツを全身に着用し、本名を上司にすら知らせず、完全な匿名による捜査を行う。主人公はおとり捜査を行う一方、自らも物質Dの常用者となって、薬に溺れる。そして捜査官でありながら、自分自身を密売人の容疑者として監視することになる!
●ディックの小説を読んだことのある方なら「ああ、またか」と思われるはず。何十作品もあるけど、テーマはいつもほぼ同じで、アイデンティティの崩壊への恐怖、自分/他者、本物/贋物の境界のゆらぎを描く。「スキャナー・ダークリー」はこれが徹底していて、主人公は麻薬操作官でありながら麻薬中毒者であるとか、自分で自分を監視するとか、姿を毎秒変化させる特殊スーツを小道具として登場させて「自分は何者か?」という不安を比喩的に表現させたりする。
●昔サンリオSF文庫で読んだ原作のほうはすっかり中身を忘れていたので、これを機に新訳のハヤカワ文庫版を購入。頭のほうだけ読んだが、映画は(ディック作品にしては)原作に忠実で、冒頭シーンはそのまんま同じ。
●このシーンが傑作なんすよ。重度の麻薬中毒者が体中に虫がわいているからっていうんで、ヒイヒイ言いながら虫を取る。シャワー浴びてキレイにしても、バスルームを出たとたんに虫が全身にわいて出る。頭から殺虫剤をスプレーする。でも部屋中虫だらけ。虫を何匹かつかまえて壜に入れて、他人に見せに行くんだけど、もちろん正気の人間には空っぽの壜しか見えない。
●こんな暗いディストピア映画、ヒットするわけないな(笑)。麻薬中毒者たちの生活はディック自身の実体験に基づいている。1970年前後にドラッグで体を壊し、小説が書けなくなり、奥さんに逃げられ、自宅がストリート・ピープルの溜まり場になって、薬物常用者たちとどん底の生活を送る。まだ若い連中が次々とドラッグで破滅してゆく。しかもある日、帰宅すると自宅のスチール棚が爆破されてて、「軍事行動を思わせる」という徹底した捜索の後が見られ、警察からは「ここでは反戦活動家はお呼びじゃない。よそへ引っ越せ」と脅されたというエピソード付き。実生活も創作に負けていない。目に見えるいかなる確からしいものも信用しない、己が何者であるかも確実とされない、そんな救いなき世界観から生まれたエンタテインメント。見たいという奇特な方は1/12までにシネセゾン渋谷へダッシュ!
January 9, 2007
「スキャナー・ダークリー」(リチャード・リンクレイター監督)
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