●電車の中は込んでいた。前に立っていたサラリーマンがケータイを取り出して、麻雀を始めた。そうなのか、ケータイ用アプリってのはここまで進化していたのか。きちんとした本格四人麻雀ゲーが、ケータイの狭い液晶画面の中で動作している。牌が小さい。み、見えない……いや、なぜ見る必要がある、しかし気になる、見てしまう、どうやらピンフ・タンヤオ系の素直な手作りをしている。
●うわ、あんた、そこでそれ切るのか。あー、そっち捨てておかないと危険牌だよ、好牌先打、聴牌まで持ってちゃダメだろう。ワタシは心の中で熱くコーチングを始めてしまう。男のツモのリズムとシンクロしていちいち麻雀格言をそっと呟きたくなる。
「おっと、もうリーチか。早いリーチは一四索」
「ポンかよ。鳴いて飛び出る危険牌」
「しまった、キル・クールの法則か」
「またか、一萬去ってまた一萬」
「やられた! 泣きっ面にインパチ」
●駅に着いた。男はケータイを閉じて降りた。せっかく気持ちよく人の麻雀に無音アテレコをして楽しんでいたのに。それとも気配を察知したのか、背中に。
P.S. 誘われてもやりません。