●すっごくおっそろしげな人、偉くて怖い感じの人っているじゃないですか。パワフルで、圧倒的な存在感があって、その人の前に出ると自分が卑小な存在であると感じてしまうような。ところがそういう人の若い頃の写真とか見ると、まだまだカワイイっぽい、あどけなさが残ってたりして、なーんだ、案外フレンドリー?みたいになったりとか、あるでしょ。それが「さまよえるオランダ人」。この人、将来には聖杯がどうとか神々がどうとか愛の死がどうとか言い出して大変なことになるんだけど、まだこの時点では規格内、みたいな。
●神罰を受けて幽霊船で彷徨する船長は不老不死、7年ごとに陸に上がって永遠の愛を誓ってくれる女性を探す、船は沈まないどころか空も飛べちゃう、船倉には金銀財宝ザックザクといったわけで、「さまよえるオランダ人」生活も案外悪くないんじゃないかって気も一瞬するのだが、やっぱり帰るべき故郷もなく未来永劫孤独な旅を続けるというのは呪いだ。求む、魂の救済。
●さまよえるオランダ人、すなわちFlying Dutchmanと英語で書かれると、サッカー・ファンは空飛ぶオランダ人、ヨハン・クライフを想起する。でもその空飛ぶようなジャンピング・ボレーをワタシは見ていないんだな。選手としてはリアルタイムで知らないから。クライフってもう監督だったし。ちなみにヨハン・クライフのイニシャルがJ.C.でイエス・キリストと同じってのはよく言われることだけど、息子でサッカー選手だったジョルディ・クライフも同じくJ.C.っすね。ワーグナーのオペラに登場するオランダ人にはフルネームはあるのだろうか。
●で、昨日の公演。すばらしく堪能。歌手陣が見事で(歌手のことはワタシの守備範囲外だけど)、ゼンタ(アニヤ・カンペ)が超強力。オランダ人(ユハ・ウーシタロ)、ダーラント(松位浩)、エリック(エンドリック・ヴォトリッヒ)も満足。序曲では軽く心配になったが、ミヒャエル・ボーダー指揮東響も良かった。最近の新国では一番楽しかったかも。で、音楽的には素直に喜ぶとして、ある意味強烈だったのがマティアス・フォン・シュテークマンの演出!
●すっごいツボに来たところがあって、まあもうネタバレしてもいいかなと思うので書いちゃうんだけど、1幕の終わりのところだったかな、水夫たちが正面を向いて不自然なくらいに整然と並ぶんすよ。で、なにかなと思ったら、各々のシャツに描いてある絵がつながって、船の舳先の一枚絵になってる!(笑) お、おもしろすぎる。シャツっていうよりトレーナーみたいな感じか。ひょっとしてシャツの柄で「パラパラマンガ」とかやりだすんじゃないかと本気で期待したくなる。一般にオペラの演出って、どこまでがウケ狙いでどこまでがシリアスなのかよくわからなくて心配になるんだけど、これはきっと悪ノリ気味のサービス……たぶん。なんか水夫の踊りのベタさかげんとかもスゴかった。
●あと最後の場面、これはシリアスなんだろうけど、ゼンタが一人で幽霊船に乗っちゃう。オランダ人は陸にいる。あれ、ゼンタは身投げしないの? 船と一緒に沈んだってこと? どうもよくわからなかったんだけど、もしかしてこれから「さまよえるゼンタ」の物語がはじまって、オランダ人は陸で7年間ゼンタの帰りを待つのでしょうか(なわけない)。
●作品としての「さまよえるオランダ人」について。落ち着かないのはエリックっていう存在っすね。物語上、噛ませ犬みたいな役割を一方的に負っていて、共感のしようがない。ゼンタとの前史とか、オランダ人の正夢だとかが、常にセリフで後追い的に歌われるだけなのがまた辛い。音楽面で一番楽しいのは後半の水夫たちの宴の場面で、幽霊船からの応答があるあたり。あと、今回は第1幕と第2幕&3幕の間に一回休憩が入る形で安堵。これ、全部通して一幕形式だったらワタシはパス。長すぎて生理現象面で耐えられないとか、それゆえに公演前に飲み食いしちゃダメとか、いろんな余計なことを気にしなきゃいけないから。映画も3時間とかあったりすると足が遠のく。そう考えると「2001年宇宙の旅」は長い映画でもないのに途中に「休憩」が入るから偉い(笑)。ラブ休憩。
March 8, 2007
「さまよえるオランダ人」@新国立劇場
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