●年に一冊出会えれば幸運という本だと思った、「おもしろさ」と「役に立つ(かもしれない)」という両者の点で。「マネー・ボール」(マイケル・ルイス著/中山宥訳/ランダムハウス講談社)を読む。これ、野球の本なんである、メジャーリーグでの。ワタシは野球は見ないけど(昔は見てた)、読み出したら止まらなくなって一気読み。
●たとえば野球を見ててこんな疑問を持ったことはないだろうか。「1番打者は出塁率、2番打者は機動力、4番打者は本塁打が求められたりするけど、それって統計的に意味あるの? コンピュータでシミュレーションしたらホントにそれが得点効率いいわけ?」「セカンドゴロとライト前ヒットの差なんて、たまたまボールが飛んだコースが少し違うだけで、どっちになるかにピッチャーに責任はあるの?」。
●今までの常識をいったん捨てて、野球の世界に統計的なアプローチを持ち込んだら、チームは強くなるのではないか。それを実践した男のドキュメンタリーがこの「マネー・ボール」。ビリー・ビーンがゼネラル・マネージャーを務めるアスレチックスには予算がない。有名選手は獲得できない。最大限の投資効率を求められた結果、彼は経験知を疑い、統計から革新的な選手の評価方法を導く。たとえば、勝つために野手に求められるものは? 一に出塁率、二に長打率というのがビリー・ビーンのアスレチックスがたどり着いた結論。打率よりもこれらが大事、打点なんて意味なし。盗塁はリスク対リターンで評価すると完全に損だから原則禁止。送りバントを含む犠打も損だからやらない。守備の重要性は案外低い。新人は高卒より大卒が圧倒的に有利、等々。
●ビリー・ビーンは統計からこれらの結論に到達し、この基準に沿ってドラフトやトレードで選手を獲得した。打率がそこそこで盗塁もできて守備も巧い一見良さげな(でも四球が少なくて三振が多い)選手を高くヨソに売りつけ、ぱっとしないけど実は出塁率が高い真の好選手を安く買う。これがアイディアだけで終わらず、現実にアスレチックスは快進撃を続けた!スゴすぎる!
●でもそんなコンピュータを使わなければわからないような統計を、実績のあるベテラン野球人たちが素直に認めてくれるわけがない。そのあたりの葛藤があるからこの本はおもしろいんだけど、あとがきにある出版後の話も興味深い。フツーに考えると、「アスレチックスがこんな統計的なアプローチを用いて成功した→じゃあウチも同じやり方をやってチームを強くしよう!→結果として全チームが効率的になり、統計的なアプローチに特別な優位性はなくなる」という過程を即座にたどりそうなもんである。が、そうはならなかった(なったところもある、レッドソックスみたいに)。むしろ本も読まずにビリー・ビーンをペテン師扱いするような頑迷な人々が多かった。ここのところっすね、味わい深いのは。人は自分のまちがいを認めないためになら、いくらでも盲目的にもなれるし、自分を欺くこともできる。一方、そういった非効率性のおかげでビリー・ビーンの優位は保たれる。なるほど、これってスポーツ・ドキュメンタリーの体裁をとった、知恵と勇気についての物語だったんだ。深く感動。
June 1, 2007
マネー・ボール(マイケル・ルイス著)
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