●もう7年も前に出た本で、今はカバーのデザインがやたらシンプルなアレに差し替えられているんだが、講談社現代新書の「アメリカ文学のレッスン」(柴田元幸)を読んでいて、「おおっ」とのけぞった。エピローグの現代アメリカの作家リチャード・パワーズについて書かれている部分。これまでに翻訳されているリチャード・パワーズの長編は、「舞踏会へ向かう三人の農夫」「ガラテイア2.2」、そして最近出た「囚人のジレンマ」。で、未訳の作品である第3作「黄金虫変奏曲」(1991)というのが紹介されている。カンの鋭い人はすぐ気づくと思うけど、原題は The Gold Bug Variations なのだ! そう、「ゴルトベルク変奏曲」ならぬ「ゴールドバグ変奏曲」(爆笑)。バグというのは、プログラミングなどでいう「バグ」のことを指しているのだろうか。というのも上記の柴田本にこう紹介されている。以下引用。
第三作にあたる大作「黄金虫変奏曲」では、対象はDNA、言語、暗号、音楽(特にバッハの「ゴルトベルク変奏曲」)と多岐にわたる。そこではもはや、人間が情報を解読するだけではない。DNAのレベルからはじまって文学テキストにいたるまで、人間そのものが、解読すべき情報で出来ているのだ。そしてここでも、解読に正解はない。この小説の鍵言葉を使えば、すべては「翻訳」だ。いうまでもなく、あらゆる翻訳は誤訳である。だがその誤訳が、DNAについていえば世代間の変異を生じさせ進化を生み出し、……(以下略)
ワクワクさせられるじゃないですか。それにしてもGold Bug Variationsって。前にご紹介したクリストファー・ミラーの「ピアニストは二度死ぬ」に出てきた、自称天才作曲家による「BABBAGE置換曲」を思い出す(シューマンの「アベッグ変奏曲」に対する悲惨なオマージュ?笑えます)。
●トマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」にはヴィヴァルディのカズー協奏曲が出てきたんじゃなかったっけ。カズーは管の一部に薄い膜を張って、口にくわえて声を共鳴させて、ビリビリした音に変質させる楽器(あるいはオモチャというべきか)。もちろんヴィヴァルディにそんな曲はない。ポスト・モダニズム作家による架空クラシック音楽作品一覧とか作れるかも。