April 23, 2008

「魔弾の射手」その2

承前
●「魔弾の射手」の舞台となった村では、射撃の名手が花嫁および森林保護官の後継を勝ち取るシステムになっている。つまり狩猟技術に長けた者が子孫と地位を同時に獲得するわけで、裏返せばそれだけ猟師の腕前が村社会にとっての生命線であり必須のものとされていることを示している。一発必中の技術がなければこの厳しい世界では生き残れないから射撃大会が開催される。狼谷に出かけるマックスに向かって、アガーテは嘆く。「こんな夜遅くに出かけるなんて。猟師には休みがないのね」。
●この社会システムを受け継ぐ限り、村は安泰だろう。保護官は常に射撃の名手であり続ける。男の子が生まれた場合、その子もまた名手となる遺伝的素質を持った者である可能性が高い。女の子が生まれた場合、彼女の魅力または保護官の地位に惹かれた村の若い男たち全員の平均的射撃能力を向上させる効果が期待できる。合理的である。なにか問題でも?
●いや、やっぱりこれはマズい。村が狩猟を産業の基盤としている間はこれでいいかもしれない。でも時代は移り変わり、社会には変革が訪れる。産業革命も起きる。それどころかIT革命も起きる。射撃技術に特化した能力ばかりが発達した人材がそろう村というのは、時代の変化に対して脆弱である。アガーテは家庭を出てドイチェ・バンクの窓口に座ることになるかもしれない。カスパールは魔弾を作る代わりに、ジーメンスの技師になるかもしれない。マックスはドイツ・テレコム狼谷支社のSEになり、おそらくアガーテは嘆く。「こんな夜遅くに出社するなんて。SEには休みがないのね」。
●隠者は射撃大会を止めろというのは宗教的指導者の寛容の精神からではなく、村の人材を多様化し、社会の変革に備えよと警鐘を鳴らしているのかもしれない。一方、悪魔ザミエルは「魔弾」を村人に提供することによって、伝統的狩猟社会を守ろうとしているようにも見える。
●スーツに身を包みアタッシュケースにラップトップを入れた隠者が登場する。もう射撃大会なんか止め止め。森のなかにホテルを建てて、リゾート地にしようぜー。悪魔ザミエルは開発に反対し、守旧派の村人カスパールたちと市民運動を展開する。森の木を切るなー。エコでロハスで地球に優しい村を守ろう。狩ってすばらしいぞ。隠者はアガーテに大規模開発計画のプレゼン用パワポを銀のUSBメモリで渡す。マックスの最後の銃弾はザミエルの陰謀により、アガーテを狙うが、弾丸は胸にぶら下げた銀のUSBメモリに当たって跳ね返り、カスパールに命中する。狼谷は峡谷リゾートとして開発される。隠者は己の所有する二束三文の原野を株式会社ウルフ・ヴァレー・リゾートに高値で売りつけ、笑いが止まらない。幕が降りる(←ヤだよ、そんなオペラ)。

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