●えっ、この本、もう文庫になったのか。「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ著/ハヤカワepi文庫)。ブッカー賞受賞作、巷でも傑作と世評が高く、この表紙も魅力的で、読もう読もうと思いつつもグズグズしてて、ついこの前になってようやく単行本を読んだと思ったら、すぐ文庫で出た。ぐぐ。
●この小説はミステリーでは全然ないんだけど、読み始めると最初の1ページから「ん? この物語の背景はどうなってんのかな? この言葉はやはりアレを指すのかなあ」と読者を少しだけ宙ぶらりんにさせて話を進めるんすよ。だから、ミステリー仕立てでもあるとして、「ネタを割らない」っていう紹介の仕方もある。でもその一方で、フツーに文芸畑の人はあっさりネタを割って作品を語るし、割らないと作品内容について語りようもないわけで、新聞書評レベルでも堂々と割ってたような記憶がある。
●ワタシだったら、やっぱりネタは割れないなあ。何にも知らずに読むのがいちばんおもしろいから。ある特殊な状況下における若者たちの青春を描きながら、人間の生命の尊厳をテーマとした大傑作、くらいしかいえない。読後感に頭が真っ白になる。
●このステキな表紙なんだけど(もちろん物語と関係している)、もうしばらくすると「これが何の絵かわからない」という若者が読者対象になってくるんだろう。
2008年9月アーカイブ
「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ著)
曇天2万歩遠足
●週末は晴れると思いきや、ずっと広がる曇り空。にもかかわらず突発的に行ってみた、高尾山。山は友達、プチ自分探しの旅に出発(ウソ)。歩きやすい山道を歩きたい、でも登山はまっぴらという非体力派なので、迷わず上りはケーブルカーに頼る超軟弱志向。しかしウワサ通り、混んでて、山頂は地元の商店街より混んでるだろってくらい人が多い(笑)。でもまあ、あまり人が少なすぎるよりはいいか。山賊とか出たらヤだし。
●下りだけ稲荷山コースを歩いたけど、十分バテる。山より平らな田舎道を探したほうがいいのかも。でも周り見ると自分よりずっと年配の方々がガンガン高速で登ったり降りたりしてた。信じがたいことに走ってる人までいる。
●飲む人にとってはこの高尾山ビアマウントって相当楽しげなのでは。平日10人以上なら予約もできるみたい。
映画館でグノー「ロメオとジュリエット」
●昨晩は東劇に「METライブビューイング」へ。といっても新シーズンの開幕は11月からであって、昨シーズンのアンコール上映でグノー「ロメオとジュリエット」。「METライブビューイング」はニューヨークのメトロポリタン・オペラの舞台を、高画質な映像で映画館で上映してくれるというもの。今回のアンコール上映は回数も多いので、昨シーズン見たい演目を見逃した方にとっては朗報。もう半分過ぎたけど、上映スケジュールはこちら(PDF)。
●前にも書いたけど、「METライブビューイング」は歌手の額の皺の一本一本まで見えてしまうっていうくらい高画質なんすよ。この「ロメオとジュリエット」はアラーニャとネトレプコが歌ってるんだけど、ネトレプコでさえももう若い女性ではないのが見えてしまうほど(が、そんなことを気にしてたらオペラは成立しない)。
●「ロメオとジュリエット」に登場する謎の人物は神父だな。ジュリエットに仮死の薬を与えたのに、その説明を全然ロメオにしてくれないなんて。ちゃんと連絡とか相談をしてよ。社会人になったら、ホウレンソウ、報告・連絡・相談を欠かすなって言うじゃないの。おかげでロメオが早とちりして毒飲んじゃうし。ああ、現代ならケータイのメールでロメオに一報入れられたのに。ていうか神父はどうやってロメオに連絡するつもりだったんだろか。このオペラでは墓場でジュリエットが蘇生した時点では、まだロメオは死んでなくて毒を飲んだ直後なんすよ。このときジュリエットは神父に対して何も思わないものなんだろうか。「しまった、神父にはめられた」とか。ひょっとして犯人は神父? あるいは両家のどちらかが神父を操ってたのか。謎が謎を呼ぶ!(呼びません)。
聴けるかな、電波ラジオでウィーン・フィル
●これだけネットラジオを話題している一方で、電波ラジオはどうなのか、っていうとこれが環境的にダメダメな今。ミニコンしかない、電波ラジオ(=以下ラジオ、つまりフツーのラジオ←くどい)を聞こうと思ったら。こんなモノでアンテナと呼んでは申し訳ないような、付属のフィーダーアンテナを使うことになる、なんだか懐かしい感じのヤツ。T字型にピンと伸ばせ。NHK-FMの電波を拾え、82.5へ進路を取れ、面舵いっぱーい、ンガガガガガ、と想像上の擬音。遠いな、NHK-FM。ネットだと北欧だろうが南米だろうがクリック一つで目の前なのに、リアル電波を拾うのはなんつうかバーチャルじゃないわけで、額に汗するっていうか、全身で電波を受け止めてる感じで太陽と汗と涙っていうか、非常にフィジカルな感じがするのであった。見えないのにね。
●そんなテンポラリーアンテナ張って、聞こうとしたのはムーティ指揮ウィーン・フィル来日公演の生中継。ブル2の記憶がまだ新しいところで、チャイ5の生中継を聴けばたちまちにしてわが家がサントリーホールになるというビバ妄想力。わが家の残響は幻視の力で2.1秒、それにしても電波拾えません、窓開けてます、でもサーサーとノイズうるさく、ときどきプルとかビュルルとか毒電波成分拾ってます、しかしその向こうには紛れもなく豊穣にして柔らかなウィーン・フィルの響きが。こんなにゴタク並べてるのに、開演7時と勘違いしてたら、休日だから6時開演っぽくて、ワタシが聴けたのはチャイコフスキーの交響曲第5番だけだ。いや、でも放送でよかったっすよー、これがリアルな演奏会で1時間遅刻してたらカラヤン広場で大泣きするしかないっすよ、ウィーン・フィル。溜池が涙池と化す。
●劣悪な電波状況に苦しみつつも、チャイコフスキーを堪能。グシャグシャの音なんだけど美しくて、またピュルピュルにノイズが乗るとかすかに漂う伝説の名演の香り、歴史的録音の歴史とはたった今だったみたいな仮想的なオチ。
●で、もう一つのニーノ・ロータのプロは、あまりにプログラムが「らしくない」気がして聞き逃したわけだが、やっぱり聴きたかった気がする。ヴィスコンティの「山猫」(←音出ます)ってRakastavaさんがおっしゃってるように、映画についてるオリジナルの演奏がやたら熱いっていうか、「それ、録音レベル上げすぎでしょ」みたいな音がして、およそウィーン・フィルとは縁遠いっすよね。で、ぜんぜん話が違うけど、みなさん「山猫」を見て、誰に共感しますか? と尋ねればそりゃバート・ランカスター演ずるサリーナ公爵ドン・ファブリッツオに決まっているわけだ。100%、シチリア貴族の末裔になりきって見る、実際の自分は貴族的と形容するにはほど遠いのに。ポテチをボリボリ食してコーラ飲んで映画見てるのに、空想上の己は新興ブルジョワジーとか赤シャツ隊の連中とかにため息をつきながら、去り行く貴族社会の優雅すぎる日々に身を任せ、時代に背を向け滅び行く者の美学に浸るわけであって、この一度一瞬一時たりとも経験したことのない座標にあっという間にワープさせられてしまう虚構の力の偉大さに圧倒されるばかりなんである。映画の冒頭を目にして耳にするだけでそうなる、とすれば、サントリーホールでムーティ指揮ウィーン・フィルを聴いても、やはり脳内にはサリーナ家の豪邸や絢爛たる舞踏会が甦ったのであろうか?
爆裂ボンバーヘッド×2
●久しぶりだなあ、マリノス戦のテレビ中継って。Fマリノスvs川崎フロンターレ、なぜか東京・国立競技場開催の神奈川ダービー。なのに国立開催って知らなくて、アウェイの等々力かと勘違いしていた自分。しまった、せっかく国立だったのに。
●諸行無常、盛者必衰、わがマリノスはジュビロ磐田らとともに本格的なJ1降格争いを戦っているという今シーズン。えっ、中澤いるのにって? いますよ。大活躍中、中澤いなかったらどこまで落ちてたかわからない。その中澤のボンバーヘッドが大爆発した試合だった。2度にわたってヘディングシュートをゴールに叩き込んだ。1度は相手のゴールに、そして2度目は自分のゴールに(大泣)。豪快。
●でもまあ、結果1-1の引き分けだったんで、しかも退場者出してたし、川崎さんには申し訳ないくらいである。前半どうなるかと思った。Jリーグにこんなに簡単に相手のマークを見失うチームがあるのか、こんなに簡単に相手に前を向かせるディフェンスがあるのか、こんなに中盤でボールをつなげないチームがあるのか、とひたすら頭を抱えていたわけで、組織崩壊したまま高い個人能力だけに頼るとここまで順位が落ちるのかと、ある意味納得。後半は盛り返してたんだけど。
●こっちのメンバーだけ書いておこう。GK:榎本哲也-DF:栗原、中澤、小椋-MF:田中隼磨、河合、兵藤、小宮山-FW:狩野、大島、坂田。3トップではなく、大島の1トップの下に坂田と狩野がいるイメージ。開始早々から(相手が3トップだったので)中澤がベンチに4バックにしようってリクエストして、でも監督が「待て」って言ってたっぽい。
●ウチのチームはいつも開幕直後にはスゴそうな助っ人ブラジル人がいるのに、シーズン半ばにはいつの間にかみんな消えてる。謎すぎ。
何見ても「あっ、ポニョだ~」と呟きたくなる症候群
●グズグズしてたけど、結局「ポニョ」を見に行ってしまった。「ポニョ」は金魚と人間の中間状態にある三本指の半魚人状態がキモかわいい。エイリアンの変態を思い出す。これってネタバレしてもいいかなあ? ポニョと宗介はところどころブリュンヒルデとジークフリートであった(笑)。起承転結の明快なストーリーではないので、5歳の子供視点でも大人視点でもいろんな見方、感じ方が可能な物語になっていたと思う。ラストシーンが意外だった。ワタシは、宗介がポニョを海に帰すことになるんだと予想してたら、「身元引受人」になってた。
●あとリサの車が発見された場面以後を、「私たちの現実」と「海の世界にある向こう側のファンタジー」って読み取るのかな、とも少し思った。車椅子のおばあちゃんたちが走れるようになったのは、彼女たちがリサとともに「海の世界にある向こう側のファンタジー」に行ったから。つまり、どちらも「私たちの現実」にはもういない。ポニョは両方の世界を往来できる。そこで宗介はどういう選択をするのかを問われる、みたいな。「私たちの現実」レベルでは台風と津波による酷い天災が起きたということの裏側が、「向こう側のファンタジー」ではフジモトやグランマンマーレ、ポニョ、宗介たちの神話的な物語になっていて、凡庸な人間視点では単に前者が現実、後者が夢に過ぎないのだけれど、世界というのはもっと多層的なものである、喜びとか悲しみというものは一つの真実を表側から見たり裏側から見たりしたものなんですよ……。という話を予期していたけど、ラストがとても現世的なハッピーエンドだったので、この解釈は却下だな。
●ポニョの走り方は、「未来少年コナン」のコナンとぜんぜん変わっていない。
●「奇跡のピアニスト郎朗(ラン・ラン)自伝」(WAVE出版)を読んだ。「20代の若さで自伝って、どういうことよ?」みたいな疑問があって、何の期待もせずに読み始めたら、これが予想に反しておもしろくて、つい一気読みしてしまった。書き手の筆力が相当に高い。日経PCオンラインの連載に書評を寄せたので、よろしければ、どぞ。
G1 GIYAのスピーカーでリュクスなオアシスのリゾート気分に浸りたい!みたいな
●季刊「AUDIO BASIC」Vol.48(共同通信社)に、インターネットラジオについての紹介記事を書かせていただいた。といってもハードウェア寄りの話を専門誌に書くのはワタシにはムリなので、コンテンツ寄り、PC寄りの記事。ネットではおなじみのkbpsとかいう単位も、本格オーディオの世界では使われないだろうし、その辺とかも含めて。ていうか本格オーディオは圧縮音源なんて認めてないか。
●久々にオーディオ誌を見ると製品価格に圧倒される。60万円のスピーカーが載ってて「うわ、強烈だな」と思ったら、次のページに600万円のスピーカーが載ってた(笑)。パラパラとページをめくりながら、ハイファッション誌を眺めてワクワクする女子の気分ってこんな感じなのかなと妄想してみる。
●付録にインドネシアのスロカルト王宮で収録したガムランのCDが付いていて、少し得した気分。
お姉さんに聞いてごらん
●プロムスは終わってしまったが、まだ放送はしばらく聴けるということで、Prom 73のマーティン・ブラビンス指揮BBC交響楽団を流したら、1曲目の前に指揮者が舞台上で挨拶、名指揮者ヴァーノン・ハンドリーへの弔辞を述べていた。「今朝、ヴァーノン・ハンドリーの悲報を耳にして、深い悲しみを受けました。彼はイギリス音楽のチャンピオンでした、この日の演奏を彼の追憶に捧げます」みたいな感じ。演目はヴォーン・ウィリアムズの「南極交響曲」、クセナキスの「プレアデス」(これは打楽器アンサンブル4-MalityとO Duoの演奏)、ホルストの組曲「惑星」。なんかクセナキスが浮いているような気がしたけど、よく考えたら「惑星」と「星つながり」だった。南極も含めて「未知の領域つながり」ともいえなくもないか。
●来日公演もあることだし、あちこちで話題になっているっぽいので貼り付けておこう、YouTubeチャンネル、ヒラリー・ハーンの「お姉さんに聞いてごらん」コーナー。じゃないや、「シェーンベルクについて答えちゃいます!」コーナー。
http://jp.youtube.com/hilaryhahnvideos
●こんなに低予算で簡単にできて、しかも効果的なアーティスト・プロモーションってないかも。これで字幕があったら嬉しいんだが。あ、ユーザーに付けてもらえばいいのか、今どきの考え方としては。
ムーティ/ウィーン・フィルでブル2
●昨晩はムーティ指揮ウィーン・フィルへ。去年は来日がなかったんだっけ。一昨年のアーノンクールのときに続いて、今回も皇太子殿下ご臨席。
●演目はハイドンの交響曲第67番とブルックナーの交響曲第2番。今回の来日公演は珍しい曲が多くて、他の日のニーノ・ロータの「山猫」の音楽、トロンボーン協奏曲なんかに比べればまだフツーなわけだが、しかしハイドンとブルックナーで組み合わせるのに、67番と2番なんていう選択肢が果たしてあるものだろうか、いやない、でもあった、ここに。
●でもハイドン聴きはじめると、この第67番ほど優雅で洗練されてて創意に富んでる曲があったかなって思える。ビバ67番、これぞハイドンの最高傑作では。続いてブルックナーの2番を聴きはじめると、やはり同じようにこれこそブルックナーの最高傑作ではないかと思える。ビバ2番、ブルックナーは神。第2楽章の美しさなんてこの世のものとは思えない。ああ、こんなオーケストラが近所にあって、いつでも好きなだけ聴けたらなあ。いやでもこれが日常の風景になってしまったら、あまりに多くのほかのものが色褪せてしまうかもしれん、でも待て音楽ってそんな序列的ものじゃないはずだよね、ブツブツ……。ムーティは全身からテラテラとオーラを発しまくっていて、魔神みたいだった。眼鏡をかけるようになってから、さらに一段クラスチェンジして最強に強まってる気がする。
●ヲタっぽくて若い頃からオッサンみたいな雰囲気の人っているじゃないっすか、年齢不詳系の。で、なんかオヤジ臭いなー、浮いてるなーと若い頃は思われがちなんだけど、だんだん歳を取ってリアルにオッサンになると、以前は年齢不詳だったのが実年齢が外見に追いつく。さらに経つと、周りは爺さん化が進行するんだけど、この人は謎のヲタ力で外見上の加齢が停止してるから、むしろ若々しくなってくる。あ、オヤジっぽいと思ってたけど、そうじゃないんだ、この人は若いときから完成形に到達してて、その分、衰えもないんだ、と知る。ブルックナーの交響曲ってそんな感じかなあと勝手に納得しつつ、ますます気分はラブブル2、今日も明日も永遠に毎日聴きたいブルックナー。聴かないけど。
●アンコールはまさかのマルトゥッチ。夜想曲。う、美しい。これぞマルトゥッチの最高傑……。
ポニョの飛行
●たまたま知った、「崖の上のポニョ」に「ポニョの飛行」という曲があるということを。むむ、そういえば「ポニョ」の本名は「ブリュンヒルデ」だという話があったではないか。ということはもしやと思い、試聴できるサイトをササッとググって、聴いてみて爆笑。アルバムのトラック12だけど、やっぱりワーグナーの「ワルキューレの騎行」のパロディになっていた!
●なるほど、そういえばポニョには妹たちもいたし(みんなワルキューレってことか)、お父さんはフジモトという人らしいが、この人がヴォータンなんだろうか? あ、でもこんなこといまさら気が付いてるのはワタシくらいのものかもしれん、まだ「ポニョ」見てないし。見てないからどんどん想像だけが先行して膨らんできて、どうやら「人間になりたい」話で、しかも「神話的な話である」というだけを前もって承知している。「人間になりたい」という主題がそもそも神話的でもあるか。「人間になりたい」はポニョだけど、「人間になりた~い」だと一文字差で妖怪人間ベムになるのが不思議。
●昨日の井の頭公園でマンガ読み聞かせのお兄さんからちゃんと話を聞いておけばよかったかな~。
●ていうか、ワタシはなぜこうも繰り返しポニョ話をしてしまうのであろうか。そんなに気になるなら早く映画館行けば→自分。
宗介!
●吉祥寺・井の頭公園で散歩。いつもここにはいろんなパフォーマーのみなさんがいて楽器を弾いたり、風船で動物作ったりしてくれたりするわけだが、異彩を放っているのがマンガの読み聞かせをしてくださる方であって、やはりこの日もいらっしゃったのである。読み聞かせといってもただ読むんではなく、ちゃんと感情を込めて、情景が目に浮かぶかのように読んでくれるのであり、それがどれくらい真に迫った読み方かといえば、少し離れたところにいたワタシにも、マンガの紙面など見えないにもかかわらず、それがいかなる作品を読み聞かせているのか、コンマゼロ秒即時即座に了解できたほどなのである。
「宗介!」
ザザーーーン!
●ほら。まだ映画観てないのにわかる。こんなとこでも大人気なポニョ。
●ワタシは読み聞かせてもらったことないです。読んでもらうならなにがいいのかなあ。DEATH NOTEとか。あ、でもいっしょに読みたくなったりするお客さんとかいないのか。「エルの役は自分で読みますっ!」みたいな。
ウズベキスタンvsオーストラリア、カタールvsバーレーン@ワールドカップ2010最終予選
●各組5チームずつで戦う、ってことはいつも1チームは余るんである、試合のある日でも。注目のワールドカップ2010アジア最終予選、第2節はわれらがニッポンがお休みだったが、ライバルたちの試合はあるのだ。敵情視察で気分は岡田監督。スゴいことになってるですよ、今のアジアは!
●まずウズベキスタンvsオーストラリア。もともとロシア系の選手中心ということもあって、ウズベキスタンはいずれアジア予選におけるヨーロッパの国みたいな地位を獲得するんじゃないかと思ってた。実際、今回、3次予選でサウジアラビアに圧勝したりして、強くなってるのは確か。が、オーストラリアがアジアに編入されたことではっきりしたのだが、アジアにおけるヨーロッパとはオーストラリアだった。
●イングランド中心にほとんどの選手が欧州でプレイしているオーストラリアは、アウェイだろうとホームだろうと毎試合長距離移動をするわけだ。ヘタするとアウェイ&アウェイ。でもまあ南米の予選なんてみんなそんな感じになるわけだし、むしろこの試合、オーストラリアはアウェイの不利をまるで感じさせなかった。序盤から慎重に戦いつつも、早めの先制点を得ると、その後は本当に大人の戦い方をしてみせて、見事にリスクを負わないままゲームを1-0で終わらせた。オーストラリア完勝。前回アジア・カップのときは、「アジアの作法」というか、欧州と違いすぎる独特なゲーム運びや気候、主審の笛に悩まされ、オーストラリアといえどもチャレンジャーとして戦わざるを得なかったんだけど、どうやらそんな時代はあっという間に終わったみたい。頭一つ抜け出ている。
●ウズベキスタンはカタール戦に続いて敗北し、2連敗。これは痛い。オーストラリア相手だと、ウズベキスタンの選手は小柄に見えたんだけど、でもこれがニッポン戦となると違うんだろうなあ。足元の技術はしっかりしているし、組織力もあって、ある意味ニッポンに似てるけど、攻撃はシンプル。サイドを割って、どんどんクロスを入れる。地力はあると思うんだが、オーストラリアとカタールが強すぎた。
●で、異次元だったのがカタールvsバーレーン。なんかムチャクチャな試合で、とにかくキックオフ直後から格闘技。特にバーレーンのバイオレンスなプレー続出は異常。中東同士だとこんなに熱くなるのか、あるいは普通に戦っては太刀打ちできないとバーレーンが感じているからなのか。両者とも帰化選手が多くて、南米vsアフリカみたいな試合でもあって、ところどころでアジア・レベルを超越したプレイが飛び出す。
●カタールはウルグアイ出身のフォワードがやっぱりスゴい。テクニック以上に瞬間的な加速力が武器で、あっという間にバーレーン選手を置き去りにする。しかもフィジカルも強靭。あとブラジル出身のレフティのフリーキックも強烈。カタールが先制して1-0。その後PKを得たが、これを外したものの、無謀かつ悪質なタックルを繰り返すバーレーンに退場者が出て万事休す。このままカタールが圧勝かと思ったら。
●追いつくんすよ、バーレーンが。伝家の宝刀カウンターアタックで、1-1。その後、前半で飛ばしすぎたカタールの運動量が落ちたこともあって、一人少ないにもかかわらずしばしば相手ゴールを脅かす。ロスタイム、バーレーンに足を攣った選手が出て、一時2人少ない状況になったにもかかわらず逆転の決定機まであった。外したけど。1-1のドロー。
●ニッポンにとっては引き分けはありがたい結果。カタールが自滅したような試合でもあるけど、個々の選手の力量は「これがアジアか?」と思うくらい高い。地力はバーレーンよりずっと上、オーストラリアに続く2番手と見た。ニッポンとはまったくタイプの違うチームなので対決してみないとわからないけど、攻撃力ではかなわないなという印象。ただ守備組織には難ありで、一人多いのに左サイドをなんどもバーレーンに破られていた。
●この最終予選、B組にイラン、サウジアラビア、韓国といった従来からの強豪国が集まってて、A組にオーストラリア、ウズベキスタン、バーレーンみたいな新興勢力が集まってる気がする。あ、ニッポンも新興勢力か。
人違い
●来年の「ラ・フォル・ジュルネ金沢2009」、テーマはモーツァルトに決定。前回の金沢駅周辺エリアに加えて、市中心部(金沢21世紀美術館とか。「駅周辺」ってのは街の中心部じゃないのですよ)や隣県の富山、福井でも演奏会を開くという。
モーツァルトで熱狂 ラ・フォル・ジュルネ音楽祭、金沢中心部に拡大
(北國新聞)
●↑ちなみに上の新聞名は「ほっこくしんぶん」と読むのであって、「きたぐにしんぶん」にあらず。
●東京の「ラ・フォル・ジュルネ」はバッハです、念のため。
●映画会社から送られてきた案内メールに『チェ 39歳 別れの手紙』『チェ 28歳の革命』がトロント国際映画祭で上映されたって書いてあった。「ふーん、カナダでも韓流ドラマとか人気あるんだ」と一瞬思ったのだが、よく見たら「チェ」は「崔」じゃなくて、「チェ・ゲバラ」のことだった。
リムスキー=コルサコフ没後100周年と「カスチェイ」
●そういえば今年がリムスキー=コルサコフの没後100周年だったって知ってた? たしかここでも年頭にそう書いたと思うんだけど、すっかり忘れていた。
●なぜそれを思い出したかといえば、またしてもプロムスのネットラジオを聴いていたら、こんなプログラムを発見したからだ、すなわちProm 68のウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルの公演で、
Rimsky-Korsakov Kashchey the Immortal (concert performance; sung in Russian)
Stravinsky The Firebird (complete)
っていうのがあったから。リムスキー=コルサコフのオペラ「不死身のカスチェイ」演奏会形式とストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲。で、あっ、そうなのか、と。「カスチェイ」って言われたらまっさきに「火の鳥」の魔王カスチェイを思い出すけど、ワタシはカスチェイというのが何者なのか、まったく知らないではないか。たまたまストラヴィンスキーのバレエ音楽に出てくるから名前を耳にするだけで、元ネタのロシア民話かなにかがあるわけで、他にだれかが同じ題材で曲を書いていてもおかしくない。で、この日、並んでいたのがリムスキー=コルサコフのオペラ「不死身のカスチェイ(カシチェイ)」。そんな曲があったとは。これは聴くしか。
●魔王カスチェイって何者なんだろ。「魔王」というのは曲者で、悪魔だとか妖精だとかさまざまな超自然の生命が「魔王」と呼ばれている。音楽的に有名なのはシューベルトの「魔王」だけど、原題Der Erlkönigの意味は「ハンノキの王」あるいは「エルフの王」なんて書かれていて、案外弱そうな気がする。ていうか大概、魔王は戦っても負けるものと決まっている。「ドラゴンボール」のピッコロ大魔王、「クレヨンしんちゃん」のハイグレ魔王、古いけど「ハクション大魔王」、古典的には「西遊記」の牛魔王、そしてドラクエのラスボス、魔王オルゴ・デミーラとか大魔王ゾーマとか、みんなだいたいレベル99じゃなくても倒せそうな感じがする。だからカスチェイも弱いのかなーと思ったら、「不死身のカスチェイ」なんて言うくらいだから、実は強いのかもしれん。
●そんなわけで、これからユロフスキ指揮ロンドン・フィルを聴こうとしているのだが、未知のオペラを聴く前にこっそり調べてみようと思ってググッてみて気がついた。なんと、このオペラ、つい最近演奏会形式で日本初演されてるじゃないですか(笑)。アシュケナージ指揮EUユース・オーケストラ日本公演、神奈川で。げげ、そうだったのか。
●おかげで簡単なあらすじを読むことができた。なるほど、カスチェイは醜い老魔王なのか。あとリムスキーダイスキーさんのページでもこのオペラについて紹介されているのを発見。なかなか地味そうなオペラである(笑)。プロムスの公演はあと2日くらい聴けるので、これを機に「不死身のカスチェイ」聴いてみようって方は、こちらからどぞ。1時間ほどの短いオペラ。
ブラウザを乗り換えた
●常用するブラウザを乗り換えた。いろいろと比較してみたのだが、これからはFirefox 3 をメインで使おう。
●今まではDonut系のタブブラウザを使ってきたのだが、これらのレンダリング・エンジン、つまり中身はMicrosoftのIEだった。でも本家IEがバージョン7からタブブラウザに進化してくれたのだから、今後はフリーウェアをわざわざ使わなくても、シンプルにIE7を使えばいいんじゃないか。そう思ってIE7をしばらく使ってみたが、どうしてもなじめない。
●で、念のため試しにと思ってFirefox 3 やAppleのSafariも並行して使ってみたら、これが速いのなんの、あきれるほど快適。HTMLの描画も速いが、特にJavaScriptを使ったページは雲泥の差。ウチのPCが古くて非力なせいもあるけど、IE7だとしばらく固まるような重いページがFirefox 3やSafariだとサクサクと開ける。
●タブブラウザとしての挙動もFirefox 3のほうがなじみやすい(新しいページをウィンドウではなくタブで開くように設定できる)。以前のバージョンと比べても完成度は高くなっている。あと、これはIE7も同じだけど、機能に不足を感じればアドオンで追加することもできる。
●本当は自分のサイトの動作確認のために、世間でもっとも広く使われているIE系ブラウザを使いたかったんだけど、もうあきらめた。次のIE8でまた乗り換えを再検討することにして、当面はFirefox 3。
●今、話題になっているGoogleのChrome、これのレンダリングはSafariと同じものが使われている。なので期待大。でもまだ公開されたばかりなので、しばらく様子を見てから試してみるつもりな慎重派。
思い立ったらクリックしてプロムス
●今年のProms 2008も終盤に差しかかってきた。ラストナイトは9月13日。それほど熱心に追いかけてはいないんだけど、たくさん魅力的な公演が並んでいるので、ついついPCであれこれ作業しながら聴いてしまう。オンデマンドで聴けるって楽チン(死語)。
●Prom 55はスザンナ・マルッキ指揮フィルハーモニア管弦楽団。ヴァイオリン独奏に諏訪内晶子でエトヴェシュ作曲のヴァイオリン協奏曲「セヴン」。つまみ聴く。スペースシャトル「コロンビア」号の事故によって亡くなった7人の宇宙飛行士を追悼して書かれた曲ということで、ルツェルン音楽祭(初演)とNHK交響楽団の共同委嘱作品。今月、N響で日本初演されるんだけど、もう各地で何度か演奏されているようでPromsにも登場。一足先に一応聴いておこうかと。まだ記憶に新しいあの悲劇とエトヴェシュに何の接点があるのかぜんぜんわからないけど、名曲の予感、ネトラジでなんだけど、とりあえず。
●このコンサート、「セヴン」に続いてヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」なんすよ。それって、宇宙船は落ちるけど、ひばりは飛ぶって話? よくわからん。ちなみにスザンナ・マルッキ(アンサンブル・アンテルコンタンポラン音楽監督のフィンランド人女性指揮者)は体調不良のエトヴェシュの代役。
●あとはメジャーどころで、マゼール指揮ニューヨーク・フィルの2公演(スティーヴン・スタッキーの新作、ハルサイ他/バルトーク「中国の不思議な役人」組曲、チャイコフスキー5番)、ラトル指揮ベルリン・フィルのワーグナー「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と「愛の死」、メシアンのトゥランガリラ交響曲/ショスタコ10番)など、ラジオなのでデレデレと。この前、ドゥダメルのコンサートで「うわ、お客さんの盛り上がりがスゴい!」と思ったけど、実はマゼールが「春の祭典」をやっても、ラトルがショスタコ10番やっても、いつも同じくらいお客さんは盛り上がっていた。毎回、空前絶後の伝説のコンサートみたいな感じ。うらやましい。ような気がする。
バーレーンvsニッポン@ワールドカップ2010最終予選
●なんか、もうバーレーンと試合するの飽きてないっすか。いつもきわどいゲームになるし、向こうはどんどんアフリカ系とかの新戦力を増強するし、好敵手であるのは確かなんだけど、こんなにひんぱんに戦わなくても。9番のフバイルとか、新宿とか渋谷とかでばったり出会ってもちゃんと顔を識別できそうだ。バーレーン人もみんな「もう中澤の顔は見飽きた」って頭抱えてるといいんだが。
●今回は(も?)厳しい戦いが続くと見た、ワールドカップ2010南ア大会最終予選。その第一戦はアウェイのバーレーン戦。岡田ジャパンのメンバーはこんな感じ。GK:楢崎、DF:中澤、田中トゥーリオ、阿部勇樹(左サイドバック)、内田、MF:中村俊輔、遠藤、松井(→中村憲剛)、長谷部(→今野)、FW:玉田→(佐藤寿人)、田中達也。このメンバーだと中盤でボールがスムーズに回る。前線から守備も非常に効いていて、相手にほとんどサッカーをさせない展開。18分に俊輔のフリーキックが決まり、44分に相手のハンドでPKをもらって遠藤がゴール(先日、Jリーグで得意の「コロコロPK」を止められたので心配したが、いつものように決めてくれた。心持ち強めの「コロコロ」だった)。66分に相手に2枚目のイエローで退場者。こんなに調子よく進んでいいのだろうかと拍子抜けするほど。85分に交代出場の中村憲剛が思い切って打ったミドルシュートが、ディフェンスに当たってゴール。3-0。はい、試合終了、バーレーンのお客さんはぞろぞろと帰り出す……。
●と思ったら、なんですか、あのラスト5分のドタバタ劇は! 87分に右サイドから入ったボールにサルマン・イサが簡単にマークを外してゴール。それだけでもどうかと思うが、その1分後、ただ放り込まれただけのロングボールをトゥーリオがペナルティエリア少し前あたりからキーパーへ頭でバックパス、しかし楢崎は前へと飛び出しており、そのままボールはコロンコロンとゴールへ。それはいかんっすよ、田中さん。3-2の一点差。客が帰りかけたと思ったスタジアムは再び熱く盛り上がっている。さっきまで次々と足を痙攣させてたバーレーン選手たちが、今キックオフしたかのように猛スピードでピッチを駆け回る。恐怖しつつも、ワールドカップから草サッカーにいたるまで、確実にいえる原則を改めて実感。ゴールが入れば止まった足もまた動き出す。
●3分のロスタイムを凌いで、結局1点差で勝つことができた。アウェイなんだからドローでも十分なくらいなのに、勝点3。結果が最高だから、文句なし。むしろ勝点を1点も失わずに、教訓だけ得ることができたんだから大ラッキーでは。
●次はホームでウズベキスタン戦。ウズベキスタンはもしかすると、とても強烈なチームになっているかもしれない。近年、資源国が強くなってる気がするので。BS放映予定のウズベキスタンvsオーストラリア戦は必見かと。
玄関口で23時間59分59秒待ち
●先日、朝、突如としてメールサーバーがダウンした。大手プロバイダでもこういうことがあるのか。メール・アドレスはいくつも持っているし、このサイトにもプロバイダと独自ドメインの2種類のアドレスを念のため掲載しているんだが、しかし送る側にしてみれば受け取る側にトラブルがあることを知る方法はない。いったん止まってしまったら、こちらとしては何もできない。ヤだなー、大事な用件のメールとかが消えてたらどうしよ。サポートに電話しても混んでいてつながらない。後でちゃんと届くかどうかを確認するため、別のアドレスから自分宛にテストメールを送信した。
●3時間以上、一通もメールが届かないという異常事態が続いて(なんてワタシらの生活はメールに依存してるんだろ)、そのうちポツリ、ポツリとメールが届き始めた。おお、復旧したのか。昼過ぎには普通にメールの送受信ができるようになった。プロバイダの発表によるとまだその時点では障害が続いており、完全に復旧したのは深夜だったという。
●プロバイダのサイトには「メールが消失することはない」と書いてあった。安心だ。問題はない。ただ、自分で自分に送ったテストメールが待てども届かず、これだけが不思議だった。発信元に不達で戻ってもいないし、どうしてなのか。
●翌日、午後になって、やっとそのメールが到着した。ヘッダを確認すると、到着まで24時間以上もかかっている。キミ、伝書鳩より遅いね。でもこんなに遅れてもちゃんと届くからホントはスゴく偉い。たとえ24時間の内、移動していたのは最初の1秒だけで、残り23時間59分59秒は玄関口で固まっていただけだとしても。
「田舎暮らしに殺されない法」
●残暑である。公園に出かけると夏の終わりを惜しむかのようにセミがいっせいに鳴いている。これに無数の小鳥たちの鳴き声が加わる。異なるリズムと音程がこの上もなく複雑なテクスチャーを紡ぎ出す。これこそ「楽園の音楽」だ。決して人にこのようなものは創り出せない。ああ、自然ってすばらしい! 先日見た映画「画家と庭師とカンパーニュ」で描かれていた、フランスの田園地帯の素朴な生活がどんなに豊かに見えたことか。隣の家も見えないような山の中の家で、家庭菜園なんか作ったりして……おお、田舎暮らし、羨ましいぞっ!
●と、ワタシはすっかりと田舎暮らしに憧れてしまった。そこでさっそく以下の本を読むことにした、自分の目を覚ますために。
●「田舎暮らしに殺されない法」(丸山健二著)。田舎暮らし歴40年の著者が、田舎暮らしに憧れる都市生活者がいかに軽率であり、甘えた幻想を抱いているかということを、手厳しく教えてくれる。なんて親切な本なんだろう。たとえば「自然が美しい」とは「生活環境が厳しい」と同義である、とか。なんでも料金を払えばサービスが受けられる都会と違って、田舎は日常生活の繰り返しにも多大な労力を費やす必要がある。癒しの光景なんてのんびり言ってられるのは旅行者だけだ。仕事はないから収入もない。リタイアしてから移住するなんて言ってるけど、田舎では体力もいる。都会は物騒だと思っているかもしれないが、実は田舎とは犯罪の巣窟である。助けを求めても頼りになるのは自分だけ。人間関係も難しい。移住して田舎の人々と心の触れ合いができた!なんて喜んでいるうちはまだまだで、金言かもしれんと思うのはこれ。「『付き合わずに嫌われる』ほうが底が浅く、『付き合ってから嫌われる』ほうが数倍も根が深い」。
●こういった考えればすぐにわかるようなことを、どうして田舎移住希望者の人々は見落とすのか。それはずばり「自立の精神の欠如」によると著者は看破する。以下引用。
親に依存し、学歴に依存し、職場に依存し、社会に依存し、国家に依存し、家庭に依存し、酒に依存し、経済的繁栄の時代に依存しながらくぐり抜けてきた数十年のあいだに、自立の機会をことごとく失い、単に自分に課せられた勉強や仕事を通してのみ知り得る現実の厳しさだけを認識しているばかりで、本当のあなたは、自身からも世間からも逃げて逃げて逃げまくってきたのではないでしょうか。(中略)
そうでなければ、田舎への移住をそこまで安易に、そこまで能天気に、そこまで発作的にとらえるはずがありません。
●この調子で延々と続く(笑)。気分爽快になれる。いかに己が怠惰な存在であるかもよくわかる(知ってたけど)。フランスの田園地帯のことなどすっかり忘れて、今日もがんばって働かなきゃ、って気分になれる。
●ちなみに実はワタシは海と太陽も好きである。真っ青な空と海、照りつける太陽、水平線を眺めながら浜辺でぼうっとする。これほど贅沢なことはない。沖縄とか、いいよなあ。憧れる。次は「沖縄移住に潜む恐るべき罠」とか、そんな本を読んで被虐の楽しみに耽りたい。
ナイジェル・ケネディのベートーヴェン&モーツァルト
●なんとなく風貌とかに縁遠さを感じて親しめなかったんだけど、改めて新譜を聴いて驚嘆した、ナイジェル・ケネディのベートーヴェン&モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲。先にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲を聴いたんだけど、全楽章にナイジェル・ケネディ自作のカデンツァが付いてて、これがすばらしい。なんと、エレクトリック・ヴァイオリンを弾き、これにベースや管、チェンバロが加わってビートを刻む、とか自由奔放。でもこれ、奇抜だから楽しいというのではなくて、フツーは単にカデンツァに異質な音楽を持ち込んだって居心地が悪くなる。
●たとえば第1楽章だったら、このカデンツァに漂う野暮ったいユーモアみたいなテイストを耳にして、本家モーツァルトの1楽章の冒頭主題にもまっさらな目で見れば同じ味わいがあるんだと気づく、みたいな仕掛けが感じられるからワクワクできる。さらに「おおっ!」とのけぞったのはベートーヴェンの第3楽章のカデンツァ。これもナイジェル・ケネディのオリジナルで(第1楽章はクライスラー)、やっぱり途中でベースがビートを刻みはじめるんすよ。でもこれ聴いたら「あっ」と思うのは、これはまさしくベートーヴェンの第1楽章冒頭が裸のティンパニで「ビートを刻む」ことで開始されるのに呼応しているわけで、19世紀初頭に一瞬一小節だけ立ちあらわれたビートミュージック(笑)を受けて現代にカデンツァを書くならこうなるという、時空を超えたコール・アンド・レスポンスが成立している。正しい。オーセンティシティとはかけ離れているけど。こういう豊かな創意は成熟のあらわれなんだと思う、対極に原理主義みたいな未熟さを仮定すると。ジャケ裏にモヒカンでサンダーランド(かなあ?)のユニ着てるいかにもな後姿が映ってるけど(もう52歳だよ)、彼に対して漠然と抱いていたイメージがガラリと変わった。
オンラインでピアノ
●なんと、ウェブブラウザでピアノを弾くというサイトが登場。
ePiano
http://epiano.jp/
●単に鍵盤を弾いて音が出るだけなら珍しくもないが、これは鍵盤を誰かと共有できるというのがミソ。いくつか部屋があるんだけど、入ってみるとどこかの知らないだれかがすでに弾いていたりする。なんだかドキリとするぞ、これは。同時アクセスする者でチャットしながら演奏することもできるし、知り合い同士だけで演奏する部屋も作れるっぽい。
●自分で弾いた曲を録音して投稿することも可。だれですか、ラモーの「タンブラン」とか置いてるのは。すばらしすぎます。PCだから弾きにくくてどうしてもズレたり間延びしたりするところが微妙にバロクーで良さげ。ってことはないだろか。
来週は早朝バーレーン
●駅で見かけた、開いたままのノートパソコンを片手に乗せて、画面を見ながら颯爽と歩く人を。前にも違う駅で同じ光景を見かけた気がする。はやっているのか。カッコいい気がする。マネしたい。
●たまたまNHK教育をつけたらティエリー・フィッシャー指揮名フィルが。「オーケストラの森」という番組で、ハインツ・ホリガーの「トーン・シェルベン」日本初演、ベルリオーズの「幻想交響曲」から。地方オケの(というか名古屋の)元気のよさが伝わってくる。
●で、ふと名フィルのサイトを見てて気づいたんだけど、金山の名古屋市民会館って「中京大学文化市民会館」に名前が変わったの!? 市民会館に私立大学の名前が付くのかー。昔、このホールにはずいぶん足を運んだんだが、時代は変わるなあ。でもこのネーミングだと、地元の呼び名は「市民会館」のままなんでは。
●この週末、9月6日にあるワールドカップ南ア大会最終予選、バーレーンvsニッポン戦、キックオフはなんと日本時間深夜3:30(現地時間21:30)。これは生では見れそうもない。特に根拠レスなんだけど、バーレーンは南ア大会でW杯初出場を果たす気がする。前回、後一歩で本大会出場のところまで来て、最後の最後でトリニダード・トバゴ相手に勝てそうな試合を落としてしまった。そういう相手とアウェイで最終予選第一戦を戦わなければいけないとは。