●昨日は北とぴあ国際音楽祭でハイドンのオペラ「騎士オルランド」へ。寺神戸亮指揮レ・ボレアードの演奏、粟國淳演出。出演者一覧はこちら。ほとんど上演機会のないオペラなので、ライヴのみならず録音録画含めてこれが初めて。半分オペラ・セリア、半分オペラ・ブッファみたいな不思議な作品で、ハイドン自身が呼んだところによれば「英雄喜劇」。非常に興味深かった。
●「オルランド」っていろんなところで出てくるじゃないっすか。ヘンデルにも「オルランド」があるし、ヴィヴァルディの「オルランド・フリオーソ」も名曲。原典の「狂えるオルランド」由来の曲はいくつもあるけど、舞台で見てようやくどういうキャラなのか納得できた。オルランドがなぜ怒っているかといえば、失恋の痛手で正気を失っているからっていう話なんすね。あと落とし穴として、リュリとかも書いている、たまに耳にする「ロラン」がイタリア語だと「オルランド」になるってのも気づいてなかった。このハイドンの曲には魔女アルチーナも登場する。これは元々「狂えるオルランド」の登場人物じゃないんだけど、台本作家によって絶賛特別友情出演中みたいな感じ。
●登場人物は一通りモーツァルトのオペラにたとえて説明可能。オルランドはドン・ジョヴァンニ、その従者パスクワーレはレポレッロであり「魔笛」のパパゲーノでもある。アルチーナは「夜の女王」、アンジェーリカ姫はパミーナ、メドーロはタミーノ、エウリッラはスザンナあるいはパパゲーナ的なキャラ。で、その物語なんだけど、これがまあ、一見ものすごくわかりにくい。たぶん劇作の作法が違うというか、お客が承知しているはずの暗黙の前提が今じゃ欠落しているってことなんだろうけど、裏返すと時空を超越してそのまま伝わるダ・ポンテとかの台本ってスゴいんだなって気づく。
●一方、ハイドンの音楽はすばらしく冴えてて、抱腹絶倒なのは第2幕のパスクワーレ(レポレロでもありパパゲーノでもある人ね)のアリア「説明してあげよう。これが俺のトリルだ」。演出のアイディアがまたいいんだけど、パスクワーレが舞台上に割り箸を持って登場すると、これをパチンと割って1本を捨てちゃう。で、残りの1本を右手に持ってオーケストラ・ピットに向かって指揮を始める。これがオレのトリルだとかアルペジオだ、三連符だ、高音だ、低音だと次々に声で表現すると、それに呼応してピットの中でさまざまな楽器が立ち上がってトリルやらアルベジオやら三連符やらを聴かせてくれるという趣向で、指揮の寺神戸さんもパーティグッズの髭メガネみたいなのを装着して客席のほうを向いてくれたりと大サービス。客席は大ウケ。「告別」交響曲なんかと同じで、用意した枠組みの外側にはみ出すメタレベルのユーモア。こういうのは古びない。
●一般に、単にコミカルな可笑しさっていうのは猛速度で古びる、というか変化する。谷啓のギャグに「ガチョーン」ってあるじゃないすか。たぶん、リアルタイムであれを見てた人は、「ガチョーン」そのものが可笑しくて笑ってた。でも90年代くらいに「ガチョーン」に笑ってた人は、「これのいったいどこが可笑しいのか全然わかんないようなガチョーンで、かつてみんなが笑っていたという事実が可笑しい」と思って笑った。たぶん2020年くらいになると「ガチョーン」で笑う人はもういないし、リアルタイム「ガチョーン」の笑いと、90年代「ガチョーン」の笑いの違いがわかんなくなる。
●セリアとブッファがいっしょになるってことの微妙さはそのあたりにあるのかも。ブッファなら笑うものだとみんなわかってるから、少々意味が失われていても平気なんだけど、両方いっしょになるとどんなことになるかっていうと、たとえば第3幕でカロンテ(三途の川の渡し守)が出てくるのはセリア的な場面のはずなのに、お客はもう暖まっているから、あまりにもそれらしいカロンテの扮装にププッと笑ってしまう。でもこれでいいんだと思う。おどけた仕草一つで無理やり愛想笑いを取るみたいなのと違って、これは本物の笑いだから。18世紀のエステルハーザ宮廷劇場にはリアルタイム「ガチョーン」があったとすると、21世紀の北区には90年代「ガチョーン」があってもおかしくない。だから石像にされたオルランドが復活して生身の体を取り戻すというオペラ・セリア的なハイライトで、お客さんが笑いでどよめくというのは、演出の勝利なんだと思う。
●パスクワーレ役が圧倒的に儲け役なんだろうけど、アンジェーリカもメドーロもみんなすばらしかったし、オケは生気に溢れていて音楽はきわめて雄弁。これならどんな埋もれた歴史的作品も、たちまち現代に生きている音楽として甦りそう。来年の演目はグルックの「思いがけないめぐり合い、またはメッカの巡礼」。モーツァルトに「グルックの『メッカの巡礼』の『愚かな民が思うには』による10の変奏曲」っていう曲があったっけ。その元ネタなのか。
October 27, 2008
ハイドン「騎士オルランド」
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