●音楽家には本人が亡くなるととたんに話題にならなくなる人と、死後何十年でも語り続けられる人がいる。数えたわけじゃないけど、出版された書籍の数でいうと、マリア・カラスとグレン・グールドが双璧なんじゃないだろか。カラヤンだってこの二人には及ばない。この二人のスゴいところは、基本的に生前の生演奏を体験していない人々によって語られ続けるところ。いや違うな、逆だ、生演奏なんてみんな聴いていないほうが伝説になりやすいのか。
●で、映画である。「マリア・カラスの真実」試写を拝見。タイトルだけ見るとなんか飛び道具でもあるのかなと身構えるけど、中身は純然たるドキュメンタリー映画。淡々とカラスの生涯を追いかけ、奇説や異説を掲げる気などさらさらなく、それどころかカラスの神格化にすら興味がなさそう。一人の女性として描く。で、フィリップ・コーリー監督が思い切ったのは、「往時のカラスを知る人が過去を振り返って証言する」といった取材場面を一切入れなかったこと。音楽家のドキュメンタリーとしては定番の手法だけど、こういう後付けで他人がカラスの人物像を作るのがヤだったんだろう。カラスと同時代のフィルムのなかでなら、ヴィスコンティなりオナシスなりいろんな人が出てくるけど、「その後どうなるか」を知った人の証言はない。おかげで使える映像素材というのが極端に限られていて編集は大変だったと思う。でも題材の力が圧倒的に大きいから、それでも十分映画になる。誰が聞いても興味深いストーリーだから。
●それにしても若い頃のぽっちゃりした冴えない田舎娘カラスと、40キロのダイエットに成功したセレブなカラスのコントラストは強烈っすね。もしこれが順番が逆で、若いほっそりした娘が、40キロ太ってオペラ歌手として成功したという話だったら、その後の展開もなかったわけで。
●「マリア・カラスの真実」は3月28日(土)より渋谷・ユーロスペース他全国順次公開(配給:セテラ/マクザム)。各地の上映予定は公式サイトでご確認を。
March 4, 2009
映画「マリア・カラスの真実」
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