●METライブビューイングの新シーズン第2弾は「アイーダ」。80年代以来のソニヤ・フリゼル演出による超豪華プロダクションで、みんなが「アイーダ」に期待するようなスペクタクルは全部詰め込まれている(ただし象は出てこない。馬なら出るけど)。壮麗な舞台装置。戦士とか奴隷とかエキストラも大勢出てくるし、エキゾチックなバレエもあってサービス満点。幕間のインタビューや舞台裏紹介も相変わらず楽しい。
●キャストはヴィオレタ・ウルマーナ(アイーダ)、ヨハン・ボータ(ラダメス)、ドローラ・ザジック(アムネリス)。強力である。そして最近のライブビューイングでは珍しいくらい、全員水平方向に体格が立派。こういった容姿と役柄の乖離については、前作「トスカ」では「ジャイ子化されたトスカ像」と解釈することですっきりと納得できたが、今回の「アイーダ」はそうはいかないんである。「トスカ」でのカリタ・マッティラとは違い、アムネリス歴20年のザジックのシリアスな演技に対して、客席から笑いが起きることはない……。伝統的なオペラの舞台だから。
●「アイーダ」ってアムネリスの物語なんだなと改めて思った。このオペラで人間的に苦悩する魅力的なキャラクターは彼女だけ。前半はスペクタクルでドラマが霞みがちだけど、後半に描かれる王女アムネリスの人物像は本当に味わい深い。自分を拒絶する男に対して、権力を振りかざして「あたしを好きになれ」と要求する。自分と結婚しなかったら生き埋めの刑、でも結婚すれば将来の王位だって手に入れられる。これほど有利な取引を求められたのに、男は「死んでもお前といっしょになるのはイヤだ。ていうか事実死ぬし」と拒絶する。こんな屈辱はない。でもいざ男が死ぬとなると、彼女は祭司たちに必死に減刑を乞うわけっすよね。じゃあ減刑になってラダメスが死刑にならなかったとしても、あんたどうするのよ、決してあの男は自分のものにはなりゃしないよ。でも助けてやってほしいと願う愛。愛が深い、いや欲が深いともいえて、人間は悲しい。
●アムネリスに比べると、アイーダやラダメスの言動は首尾一貫してなくて、その場しのぎの選択をしてきた人たちに見える。特に第3幕でのアイーダと父アモナズロのやり取り、ラダメスから機密事項を聞き出す場面には、この父娘の身勝手さがよくあらわれている。終幕でラダメスとアイーダが地下牢に閉じ込められてもあまり同情できない。むしろアイーダがどうやってひそかに地下牢に潜入できたのか気になる。ワープ? もしラダメスが生き埋めの刑じゃなくて、たとえば象による踏み付けの刑とかになってたら、アイーダはひとりで閉ざされた地下で餓死か窒息死することになってたんすよ! そんな愛なんてない。勇者ラダメスと敵国の王女アイーダとの悲恋よりも、アムネリスの報われない愛。堪能。
●12月4日まで各劇場で公開中。上映劇場一覧はこちら。
December 1, 2009
「アイーダ」@METライブビューイング
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