●新国立劇場でドニゼッティの「愛の妙薬」。新制作。ここのところ大作「ジークフリート」「神々の黄昏」と続いて2年越しの「指環」完結と来ていたので、なんとなく大クライマックスの後という雰囲気が客席にあったと思うんすよ。人によっては東京・春・音楽祭の「パルジファル」も聴いたかもしれない。で、そこに軽やかでほのぼのした「愛の妙薬」と来たわけで、この前までの張りつめた緊張感が消えて、リラックスして楽しもうという緩い雰囲気があった。この客席から発せられた空気は、舞台と相互に影響しあったと信じる。演出チェーザレ・リエヴィ。明るくカラフルな舞台、衣装。楽しげであり吉。
●ホワイエで「愛の妙薬ワイン」を売っていた。そんなベタなノリが好き。
●オペラ界で「素朴でいい人ばかりが住んでるほのぼの世界選手権」が開かれたとしたら、「愛の妙薬」はチャンピオンの有力候補者になるだろう。こんなに他愛のないハッピーな話はない。若い農夫ネモリーノはすっとぼけてるけど純朴でいいヤツだ。村一番の美人で農場主の娘アディーナに恋をする。アディーナは連隊の軍曹でイケメン(たぶん)のベルコーレに求愛されて、結婚しようとする。ネモリーノは相手にされない。そこにインチキ薬売りのドゥルカマーラがあらわれる。これは「トリスタンとイゾルデ」の物語(ワーグナーの楽劇はもっと後。その原典を指す)に出てきた愛の妙薬、こいつを飲めば世界中の女たちがお前に寄ってくるであろう。ネモリーノは薬を飲む(中身はただの安ワイン)。都合よく、そこにネモリーノが莫大な遺産を継ぐことになったという情報が村娘たちに流れ、本当にネモリーノは人気者になる。これが愛の妙薬の効果か! アディーナはネモリーノの純粋な想いを知って心を打たれ、ネモリーノを愛する。めでたし、めでたし、ワッハッハッハッ……。
●は? 待てよ、これ。だれがネモリーノを「純朴ないいヤツ」だなんて言ったのか。ネモリーノを歌うのはジョセフ・カレヤ。声量もあるし美声だ。まだ31歳。しかしすでに太っている。無学だけど心優しいっていう感じじゃなくて、デリカシーを欠いたガキ大将に見える……ジャイアンの数年後みたいな? アディーナを追いかけまわすところが、なにか見ていて怖い。単純な思考って極端に走るじゃないっすか。「へー、これが愛の妙薬か。ゴクゴク。えっ、効き目が現れるのは明日? 今日じゃなきゃヤだヤだ。もう一個買えばいい? でもお金ないしなあ。なに、軍隊入ればお金もらえるの! じゃあ、入る、今すぐ入る。これでアディーナはオレのもの!」。ほら、すごく怖いでしょ、こういう人って。
●村娘たちも現金な人たちだ。眼中になかっただろうに、ネモリーノが遺産を継いだと知ったら、とたんに言い寄り始めるんだから。この村はぜんぜんほのぼのなんかしてない。住んだらとても息苦しいんじゃないか。
●そんな閉塞的な村を救うヒーローが、われらがドゥルカマーラ博士だ。この欲望渦巻く村に不足しているのは、ずばり愛。彼は愛の妙薬を廉価で提供する。好きな人がほかの男と結婚するという窮地に立たされたその日に、たまたまネモリーノは莫大な遺産を相続するわけだが、世の中、そんな都合のよい偶然があるものではない。あるわけない。あれはドゥルカマーラが売った薬が本物の愛の妙薬だったと解釈するほうが納得できる。彼は詐欺師を装った愛の伝道師なのだ。おしまいに村人みんなが薬を飲んで、お互いがお互いを愛し合うようになるのだろう。
●したがって、ホワイエで売っていた「愛の妙薬ワイン」を飲んだ人たちも、翌日にはみんなから言い寄られる人気者になったものと思われる。ワタシは飲酒しないので、愛の妙薬を飲まなかった。損をしたのか得をしたのかはよくわからない。
●一ヶ所、笑った>「トリスタンとイゾルデ」。
April 24, 2010
「愛の妙薬」@新国立劇場
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