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July 21, 2010

「代替医療のトリック」(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著)

代替医療のトリック●今年読んだ中で、もっともインパクトがあった本がこの「代替医療のトリック」(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著/新潮社)。サイモン・シンによるサイエンス・ノンフィクションは、これまでにも当欄で「暗号解読」「フェルマーの最終定理」「宇宙創成」を紹介している。共通するのは「とても難解なことを扱っているはずなのに、信じられないほど読みやすく、しかも読書の楽しみに満ちあふれている」ということ。
●まず「代替医療」という言葉になじみがなかったのだが、これは「主流派の医師の大半が受け入れていない治療法」と定義されている。自然科学の観点からは、生物学的に効果があるとは考えにくいものということになる。例として、大きな章が割かれているものを挙げると、「鍼」「ホメオパシー」「カイロプラクティック」「ハーブ療法」。日本人としては、「鍼」のように広く一般社会に浸透し受け入れられているものと、「ホメオパシー」のような基本原理の部分で自然科学と対立するものが並べて論じられるところに抵抗を感じるかもしれない。しかし、あわててはいけない。この本は「代替医療はぜんぶインチキなんだから排除すべし」という先に結論ありきのものではない。事実、共著者のエツァート・エルンストは代替医療の施療と研究に従事し、この分野で学位を持つ当事者なのだ。
●じゃあ、どういうスタンスがとられているかというと、これは明快だ。それぞれの代替医療で治療のメカニズムがどうなっているかはさておき、現実に効果があるかどうかということを、信頼性の高い(つまり科学的、統計的に有意な)臨床試験の結果から判断しようというのが基本姿勢になっている。「鍼」がどう人体に作用するのかを解明するのは難しいが、本物の鍼を打った被験者とニセの鍼を打った被験者とを比較するテストを大規模に行い、「鍼」にプラセボ効果を上回る効用があるかどうかを確かめることなら可能だ、という考え方。さすがに著者自らがそのような大規模な試験を行なうのは無理だから、すでに行なわれている実験の結果を評価する形になっている。「ある治療が効果があるかどうか」というのは、インチキ統計の餌食になりやすいトピックスなので、著者は「盲検法と二重盲検法」といったような話題から説明し、こういった実験や統計は自然科学の手法ではどうあつかわれるべきものかという基礎からていねいに教えてくれる。
●詳細に論じられているのは先に挙げた4つの療法だが、それ以外にも付録の部分でリフレクソロジー、指圧、吸い玉療法、デトックス、アロマセラピー、ヒル療法、風水、酸素療法などが取り上げられ、その有効性や安全性について述べられている。
●で、結論はどうなのよ、結論だけ知りたいんすよ、と思われるかもしれないけど、それってワタシはネタバレだと思うから書きたくない(笑)。というか、予断を持って読むのは、この本のスタイルにはふさわしくない。それと、この種の話題には難しい要素があって、仮に「Aという代替医療には効果が認められない」といった結論が導かれたとすると、「いや、私は現にAのおかげで健やかでいられるのであって、そんなバカな話はない」という声が必ずあがる。また、Aの従事者当人にとっては到底受け入れられない話だろう。自分で読んだ上で、著者の記述に納得するなり穴を見つけるなりしないと、結論だけ聞いてもあまり意味がない。過程の部分をすっ飛ばして、自分の望む結論は肯定し、望まない結論は否定するというのなら、そもそもこんな書物は不要だ。それに単に「効くか効かないか」だけではなく、話は医療の歴史や、人はなぜ代替療法に惹かれるのか、そもそも真実は重要なのかといったテーマにまで及んでいて、この本の射程は案外遠い(ただその割に最後の結論はやや力強さに欠けるというか、決して万人には支持されないだろうと確信するが)。
●原題はTrick or Treatment? 。ハロウィンのTrick or Treat? をもじって。

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