●もう昨年の本だけどようやく読んだ、「巡礼」(橋本治著/新潮社)。ゴミ屋敷に暮らす孤独な老人の物語。この迷惑きわまりないジジイを取材しようとやってきたワイドショーのレポーターと、あまりにもフツーのオバサンすぎる近所の主婦との会話で始まり、いったいゴミだらけの家に住んでる偏屈ジジイはどんなヤツなのかと思ったら、なんと、それはワタシのような人物だった、いつどこに住むどんな男であれなり得たであろう頭のおかしな老人。
●描かれているのはワタシの世代よりひとつ前の人々が見てきた昭和の光景なのに、どうしてこんなに既視感があるんだろか。昭和一桁世代の主人公が少年時代からたどってきた道筋は、「戦後」という新しい時代が世の中を激変させるのと重なる。そこで実家の荒物屋(ってわかる?)を継いで、時代の波に乗るでもなく黙々とまじめに生きてきた男が、なぜゴミ屋敷の主になってしまうのかというところになんの不思議も感じさせない。男はみんなこんなもん。この老人と、ごく当たり前の人生を送る弟の間にある違いは、「めぐりあわせ」だけ。ほんの少しの偶然とか小さな決断の違いでどれだけでも道が分岐しうるのは今だって同じだろう。
●第3章「巡礼」は美しすぎるファンタジー。天ぷら食べる場面が泣けるじゃないっすか。もしこれがオペラだったとする(なにその唐突な仮定)。すると、イジワルな演出家はこの第3幕で舞台の端っこにベッド(いや布団か)を置くんだろな。主人公はゴミ屋敷の中で横たわって独り意識混濁となり、最後に弟と巡礼する夢を見ていただけでした、みたいに。
July 30, 2010
「巡礼」(橋本治)
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