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September 9, 2010

「観光」(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著)

観光●なんという味わい深い短篇集。どれも切なくて、美しくて、救いがなく、少しクレージーで、でも前向き。「観光」(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著/ハヤカワepi文庫)。著者はタイ系アメリカ人。物語の舞台はタイで、外国から見たトロピカルでエキゾチックなタイの裏側にある、タイ人から見たタイがとても新鮮。神様ではなく仏様の国はこうなのかあ、いやワタシらもそうなんだけど。おおむね、どの話も居場所を見つけられない人々、疎外感を抱えて生きる人たちが描かれていて、行ったことも見たこともない土地の話なのに、そこには「ワタシ」がいるという軽い驚き。
●巻頭の「ガイジン」がいい。タイ人のママとガイジンの間に生まれた少年が主人公で、飼っているブタに「クリント・イーストウッド」って名づけている。もし熱帯に「蝶々夫人」があったとしたら、蝶々さんとピンカートンの間に生まれた少年はこんな風に育って、ガイジンの娘と出会ったりしているにちがいない(笑)。主人公の周囲にはガイジンの南国幻想に対する辛辣な視点があちこちに垣間見えるんだけど、当人はカラッとしていて、そこがまたいい。
●「プリシラ」もすばらしい。タイにはカンボジア難民という疎外された人々がいるんすね。この難民を排斥するタイ人という視点はなかった。でもボーイ・ミーツ・ガールであって、辛気臭い話にあらず。疎外感という意味では「こんなところで死にたくない」は最強。アメリカ人のジジイが、現地人と結婚した息子を頼ってタイに暮らすんだけど、息子夫婦と孫たちがしゃべってる言葉もわからないし、体の自由は利かないし、出かけても行くところなんてなくて、もう思い出にしか自分の居場所は見つけられない。でも生きる。
●いちばんの傑作は最後の「闘鶏師」かな。闘牛とか闘犬じゃなくて闘鶏に溺れるオッサンの話を、その娘の目で描く。悲しくて笑える。オヤジにも奥さんにも娘にも共感可能。技巧的でもある。
●奇跡のような秀作ぞろいだが、この作家の名前が覚えられない。ラッタウット・ラープチャルーンサップ。姓だけでも10回くらい繰り返して言ってみよう、他人に勧めるときのために。ラープチャルーンサップ、ラープチャルーンサップ、ラープチャルーンサップ、ラープチャルーンサップ、ラープチャルーンサップ……。

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