June 17, 2011

METライブビューイング「ワルキューレ」

METライブビューイングで「ワルキューレ」。シーズン最後に5時間14分(休憩2回込み)の大作。ロベール・ルパージュ演出、指揮はジェイムズ・レヴァインが復帰。もうこれはなんといったらいいのか、圧倒されっぱなしの5時間だった。音楽的にも役柄的にもほぼ納得のいく「ワルキューレ」がありうるとは。視覚的に全員ムリがない。ジークムント役のヨナス・カウフマン最強。美声で朗々と歌い、しかもカッコいい。ヨダレ垂らしているのがはっきり見えるのも高解像度のMETライブビューイングならではの楽しみ(笑)。
●ヴォータンのブリン・ターフェルは超然とした神というより、悩める父親。リリカルで心地よい。ジークリンデのエヴァ=マリア・ヴェストブルック、フンディングのハンス=ペーター・ケーニヒも好演。で、ブリュンヒルデはデボラ・ヴォイト。もはやブリュンヒルデですら巨体歌手が歌うことが許されない映像時代なのか、かつてとは違ってデボラ・ヴォイトもほっそりしている……いや、ほっそりは言いすぎか、でも巨体ではない。しかもワルキューレ8人組もみんなスマートで「ホヨトホー」って歌いながら天駆けておかしくない感じ。なんと、デボラ・ヴォイトのブリュンヒルデがヴォータンにすがる場面で、彼女が「女子」に見えた。音楽の力って偉大だ……。これは神話だから見る人が無限に意味を読み取れるわけだけど、やはり「ワルキューレ」はまず父と娘の物語、家族のもとを離れる話で、まさに感動大作、いや勘当大作。……。
●歌手陣を気迫で上回ったのがレヴァイン指揮のオケ。METのオケはいつもうまくて憧れるんだけど、普段は超人優等生的で澄ました感じなのに、レヴァインに煽られて熱い演奏になってた。ワーグナーってホントにスゴい。聴いているときはこの世でこれほどのまでの高みに達した音楽芸術がほかにあるんだろうか、もはや人智の及ばぬ域、ってくらいに感動する(そして聴き終わると、なぜかもう家で聴こうとは思わなくなる……)。
●しかし演出は音楽ほど雄弁だったかどうか。METらしく、衣装もいかにもそれらしい武器や防具を装備しているわけだけど、ファンタジー世界をリアリズムで描写すると生じる滑稽さが、心の内奥に迫るドラマを描くにあたって妨げになることもあると思う。涙する場面で、ブリュンヒルデの装備を見て「くすっ」としてしまうといったような。ハイテクで制御する装置も「ワルキューレの騎行」の場面以外は、あまり有効には感じなかった。でも、それを含めても、全体としてはこれまでに見たMETライブビューイングでも一、ニを争うような感動的な舞台だった。
●このキャストって、声楽的にも視覚的にも役柄を満たすっていうMETならではというか、映像化時代ゆえの稀有なものじゃないっすか。これは嬉しいです。前にも書いたけど、ワタシはオペラは観たままに解することで、オペラ的約束事から自由になろうキャンペーン実施中なので(笑)。つまり、巨体の人が歌ってるのを見て、「あれは本当はほっそりした美少女なんだ」と理解するのを止めることにした。そうではなく、それは本当に巨体の少女なのだ、と理解すると、いろいろなことが納得できる。たとえば、「サロメ」のヨカナーン役。以前METライブビューイングの「サロメ」でヨカナーンをウーシタロが歌っていた。地下牢からするすると幽閉されていたヨカナーンが姿を現すと……なんと、ヨカナーンは巨体だった! これを見て、ウーシタロは巨漢だが、本当は痩身の預言者なのだ、などと思ったらドラマが滑稽に見えてしまう。だから、これは演出的意図なのだと解釈すればよい。巨体とは富や権力のメタファーである。「サロメ」という物語において、真の権力者とはヨカナーンである、ということをこの演出は言ってるのだ(言ってないけど)。
●同様の例に、以前、ある劇場で見た「フィデリオ」では、牢から出てきた囚人たちの合唱団員が、みな恰幅がよかった。えっ、どんなご馳走食べてるの、この人たちは、ぷっ。とか笑ったらオペラがつまらなくなる。だから見たままに理解するのだ。あの恰幅のよさは飽食や欲望の充足を表現している。つまり、彼らは牢に捕らえられた政治犯のようでいて、実は放埓な生活を送っているのであり、権力の構図を逆転させることで、「フィデリオ」の役柄において善と悪とは本当は一面的なものではなく、正反対の見方もできるのだ、と演出が主張しているのだ(してないけど)。
●METの「ワルキューレ」はそういった観客側の解釈をほとんど要求しない。見たままに泣ける神話だ。それで不足はない。

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