●もう品切になっている古い本だが、必要があって手に取った、「ラヴェル その素顔と音楽論」(マニュエル・ロザンタール著/マルセル・マルナ編/春秋社)。これは実に良く書けている。音楽家の評伝を魅力あるものにするのは真正さではなく文才であると常々感じているんだけど、その点でこれは秀逸。ロザンタールの著書ということになるが、たぶん彼に取材してマルセル・マルナという評論家が執筆をしている。その手腕が鮮やか。ロザンタールからおもしろい話を次々と引き出す。
●ラヴェルはベートーヴェンでもバッハでもなく、モーツァルトを愛した。これはわかる。それに加えてウェーバーとシューマンを尊敬していた。さらにショパンの「舟歌」をあらゆる音楽でもっともすばらしい作品の一つだと考えていたという。ロザンタールの見立てでは、ラヴェルは自分に恵まれなかった才能をこれらの作曲家に見出していたのだと。つまり、「メロディを作る才能」を。うーん、おもしろい。
●ラヴェルの弟子、友人として超近距離で見てきた著者ならではの話がいくつもある。特に同時代の作曲家たちへの評価。シェーンベルク、ストラヴィンスキー、R・シュトラウス……。シュトラウスのことは全面的に評価していたわけではないようだが、ピアノの譜面台のうえに、いつも交響詩「ドン・ファン」の楽譜を置いていたという。マーラー、シベリウスについては沈黙を守ったというのも興味深い。
●ラヴェルがリムスキー=コルサコフの管弦楽法について知悉していたというのは意外でもなんでもないが、難儀していた「ダフニスとクロエ」のフィナーレについて、どうやって作曲しているのかと問われ、こう答えた。「簡単だ。リムスキー=コルサコフの『シェエラザード』をピアノの譜面台に置いて、それをコピーしてるんだ」。笑。
●あと、エネスコの音楽的才能のすさまじさ。ラヴェルはエネスコのことを友人として敬愛していた。で、ロザンタールはエネスコを「当時、最高のピアニストのひとりだった」って称えるんすよ。エネスコはストラヴィンスキー「春の祭典」のゲネプロに立ち会った後、ラヴェルの家に立ち寄って、そこで初めて聴いてきたばかりの「いけにえの踊り」を記憶で弾いてみせたという。エネスコは最高のピアニストであり、オルガンもチェロも達者で、指揮者としての才能もあって、作曲家としても名を残し、それでいて伝説のヴァイオリニストでもあったわけだ。
June 23, 2011
「ラヴェル その素顔と音楽論」(マニュエル・ロザンタール著/マルセル・マルナ編)
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