●試写で映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」を見た(ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント監督)。これは予想を覆しておもしろかった。ファン必見。
●グールドの映像ドキュメンタリーはこれまでにいくつも制作されている。グールド本もいまだに刊行され続けている。今さらグールドを神話的存在として崇める映像を作ってもまったく新味がないし、かといって「神話の多くは誇張と自己演出でした」と見せるだけでは映画にならない。だからあまり期待していなかったんだけど(実際、グールドを知らない人のために、映画はおなじみの伝説を繰り返すところからはじめる)、後半に入ってがぜんおもしろくなった。グールドのパートナーだった女性たち3人が全員登場するからだ。彼女たちの存在は近年活字媒体では明らかにされているが、映像として本人が出てきて話すんだから、これはもう生々しい一次資料だ。関係者の年齢からいってもここで撮っておかなかったらもうチャンスはなかった。
●一人はグールドのデビュー時代の恋人フランシス・バロー(1925-2009)。グールドが弾いていたチッカリングは、彼女が人から借りて自分の家に置いていたピアノだったんすね。グールドはこのピアノでゴルトベルク変奏曲の練習に励んだ。そして後にピアノを買い取った。この楽器、昔はグールドが子供時代から弾いていたことになってなかったっけ?
●二人目は大物だ。作曲家ルーカス・フォスの奥さんで画家のコーネリア・フォス(1933- )。グールドはルーカス・フォスに電話している内に、奥さんとも親しくなり、いつの間にかもっぱら奥さんに電話をかけるようになった。彼女はルーカス・フォスを捨て、二人の子供を連れてトロントのグールドのもとに来る。グールドは二人の子供のこともかわいがった。4人で事実上のファミリーをなしていた時期はグールドにとっても幸福な時代だったようだ。コーネリア・フォスのみならず、二人の子供たちも映像に登場して、トロント時代の思い出を涙ながらに語る。この関係はやがて壊れ、コーネリアは子供を連れてふたたびルーカス・フォスのもとに戻る。
●三人目の女性はグールド・ファンには覚えのある顔だ。写真のヒンデミットの歌曲集「マリアの生涯」でグールドと共演したソプラノ歌手ロクソラーナ・ロスラックだ(1940- )。グールドはたまたまラジオでロスラックがルーカス・フォス(!)の作品を歌うのを耳にしたことから、彼女を共演者に指名する。これがきっかけで関係が始まり、ロスラックはグールドに「家庭を教えようとした」という。
●三人の証言から描かれるグールド像は、苦悩する普通の男だ。コーネリア・フォスが夫のもとに戻った後に、彼女とよりを戻せないかともがいたりもする。苦悩の種類としてはむしろ平凡であり、禁欲的なイメージはどこにもない。そして晩年になるにしたがって、あらゆるものをコントロールしなければ気が済まない偏執に飲み込まれ、過剰に薬物を摂取する姿には悲哀すら漂う。「若い頃はインタビューにも当意即妙の答えを返していたのに、だんだん質問も回答も台本にそったものしか受け入れなくなった」という指摘が特に印象に残った。
●10月29日、渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマ他、全国順次公開。配給アップリンク、2009年カナダ、108分。
September 14, 2011
映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
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