●すでに3次予選通過を決めているニッポンと、もはや敗退が決まっている北朝鮮。ただの消化試合のはずなのに、平壌で待ち構えていたのは5万人の満員のスタジアムと人工芝のピッチと「偉大な領導者、金正日同志が抱かせてくれた胆力と度胸」(ユン・ジョンス北朝鮮代表監督談)だった。近年、世界レベルのサッカーは組織でプレイする集団的な戦術が主流となっているのだが、北朝鮮は想像を絶する戦術を見せてくれた。すなわち、選手のみならず5万人の観衆が集団的にふるまうウルトラ・コレクティブ・フットボール。一糸乱れぬマスゲームをスタンドで展開、見たこともないきびきびとした動きによって人文字が描かれる。試合中の歓声もまるで「キュー」が出てるかのようだ。
●しかし、国歌にブーイングしてはいけない。どこにも書いてないかもしれないが、そういうものだと決まっている。もっともあまりブーイングらしくはなかった。どうやら彼らは「本物のブーイング」を知らないようで、ブーとも歓声とも取れる高い声が聞こえていた。
●ニッポンは何人かサブのメンバーを出してきた。GKの西川、センターバックの栗原、左サイドバックの伊野波、セントラルミッドフィルダーの細貝、右フォワードの清武を試した。センターフォワードは前田(→ハーフナー)。序盤から押されっぱなしになったが、メンバーがサブだったからというのはあまり関係ない気がする。主審には異常なプレッシャーがかかっていたと思う。北朝鮮はフィジカルの戦いを前面に押し出してきた。まるでこれが決勝戦かというような当たりの強さ。栗原はいつものプレイができず、いくつもピンチを招いてしまった。試合後にザッケローニ監督が言っていたように、北朝鮮は先の試合を考える必要がないのでカードを心配しない。結果北朝鮮に6枚のイエローが出て、一人退場したが、よくそんなもので済んだなと思う。
●アジアの予選では繰り返しこういう光景を見かけるが、そのなかでも極めつけの試合だったように思う(最後のロスタイムのお約束も……)。後半5分、北朝鮮がゴール前で競り合い2連発で制してパク・ナムチョルがゴールを決めて1-0。北朝鮮は前半途中でなぜかチョン・テセが下げられてしまったが、ほかにもフィジカルの強い優秀な選手が何人かいる。気持ちの強さはアジア有数だし、彼らも普通にサッカーをすれば世界レベルで戦える可能性があるのに……。いや、勝ったのは北朝鮮なんだけど。
●もちろん、最終予選でもアウェイでは驚くべきことが起きるにちがいない。今までもそうだった。そのたびに代表選手と代表監督は常に冷静に大人のプレイをしてきた。本当に偉い。ワタシだったら、ラフプレイを食らって一瞬のうちに沸騰し、脱いだスパイクを地面に叩きつけて、ふざけんなやってられるかと叫び、試合を放棄して、即座に平壌から東京に飛んで帰る(どうやって?)。なのに、みんなあの若者たちは耐える。代表選手ってそこまで成熟が求められるんすね。ザックもすばらしい。彼は決して審判について論評しない。相手の批判もしなかった。男前だ。ドレッシングルームでは怒り狂っていたかもしれないが……。
November 16, 2011