●昨年集英社文庫で「ラテンアメリカの文学」として何冊か新装されたので。
●短編集「ラテンアメリカ五人集」。パチェーコ、バルガス=リョサ、カルロス・フエンテス、オクタビオ・パス、アストゥリアスの5人の作品が収録されている。パチェーコとバルガス=リョサがすばらしすぎて、この2作だけのために買っても損はない。
●パチェーコの「砂漠の戦い」は、40年代末のメキシコを舞台に、友達の母親に恋をした少年を描く。子供が友達の家に遊びに行ったら、そこのお母さんがステキな人でときめいたという他愛のない話のはずなんだけど、当時のメキシコ社会の背景や、後になって知る事の顛末が物語に奥行きを与えている。いたく切ない。年老いた主人公の回想として語られるという点も秀逸。そんな話の題が「砂漠の戦い」なんだから、もうこれは。
●バルガス=リョサの「小犬たち」も名作。これはクソガキたちの世界、最初は。ガキどもの中に転校生がやってきた。勉強ができる。クソガキたちはサッカーが好きだ。転校生は努力家で、一生懸命練習してサッカーでもエースストライカーになった。そんな人気者のカッコをつけたガキが、ある悲しい事件を境に「ちんこ」って呼ばれるようになる(笑)。「ちんこ」すよ、「ちんこ」。どうやってもカッコよくない。で、クソガキ時代は「ちんこ」なんてカッコ悪い名前がついてしまったよー、てへ、くらいの凋落で済んでいたんだけど、だんだん思春期を迎えると彼の苦悩はそんなものじゃ済まなくなる。大人になるとともに彼の傷口は開き、人生から輝きが失われ、そしてエネルギーのぶつけどころを見失ってしまう。複眼的な文体もすばらしいし、あと、話の閉じ方が最高にうまい。これもどうしようもなく切ないんだな。
●ついでに同じシリーズからもう一冊。ボルヘスの短編集「砂の本」。いろんな作品が収録されているけど、「書物」というのが基調テーマになっている。大半は(もしかすると全部)以前に読んだことのあるものだったが、改めて読むと結構わけのわからない話も多い。表題作「砂の本」、「円盤」みたいなそっけない奇譚も味わい深いが、好みで選ぶなら「鏡と仮面」か。アイルランド大王と宮廷詩人の話。王は詩人に頌歌を求める。詩人は見事な詩句を披露し、王はそれを玩味し称賛するが、さらに一段の彫琢を期待する。詩作のやり取りを経て、ついに二人は禁断の美を知ってしまい、その罪を分かち合う。言葉の力をこんなにも美しく信じた物語はない。
January 10, 2012