●METライブビューイング、今シーズン最後から2番目となるマスネ「マノン」。ネトレプコが題名役を歌う。デ・グリューはピョートル・ベチャワ、ギヨーにクリストフ・モルターニュ、指揮はファビオ・ルイージ。
●「マノン」といえば、同じ題材でプッチーニ作曲の名作「マノン・レスコー」がある。一般的にはプッチーニのほうがより知られているはず。順番としてはマスネが先で、後からプッチーニが書いた。この二作、確かに同じ話なんだけど、受ける印象はぜんぜん違う。
●前に不条理ドラマ「マノン・レスコー」で書いたけど、プッチーニのほうは登場人物の言動があまりに突飛だ。マノンは水面に映った骨をくわえた己の姿を見てワンと吠えた犬並みの愚かさだし、デ・グリューは努力の方向を間違いすぎててムダ死にするし、マノンのお兄さんのやることは一から十まで動機不明で銀河最大の謎だし、もうオペラ的不条理ドラマの代表選手みたいな謎作品。でもマスネのほうは違う。
●マスネの「マノン」はちゃんと物語の筋道が通っている。15歳の田舎から出てきたDQN少女マノンがどうしてマノンになったのか、デ・グリューはマノンに何を見て、何を裏切られたのか、デ・グリューの父は息子に何を期待していたのか(この人は「椿姫」のジェルモンを連想させる)、全部オペラに描かれている。オペラとしては例外的なほど脚本がきちんと書かれているんである。プッチーニの脚本は幕が一回閉じるとどこまで話がすっ飛んでしまうのか予測のつかないジェットコースター脚本だが、マスネではそんなことはない。
●しかも大枠だけじゃなくて、ディテールもよくでてるんすよね。デ・グリューを捨てて田舎少女から、成金のオバちゃんみたいになったマノンが(ていうかネトレプコがそう見えるんだけど)、群がる男どもに向かって言い放つ一言。「私は寛大だから、みなさんに私の美しさを讃えることを許しましょう」。くー、たまんないね、人生に一度はそんなことを言ってみたいねっ! そう男子でも錯誤してしまうほど強烈である。ネトレプコ、なんだか嬉しそうだよ、高飛車演技で生き生き!
●あと、感心したのがバレエの場面。フランス・オペラのお約束としてオペラのエンタテインメント度を高めるべくバレエ・シーンが盛り込まれるわけであるが、話の流れをぶった切って突然ダンサーたちが出てきて踊りだすというのが並みのオペラ。が、マスネの「マノン」では、バレエをバレエとして登場させる。つまり、物語に組み込む。贅沢三昧モードのマノンが「あたし、オペラ座を呼んでほしいの~」と困ったちゃんな要求をするが、男はこれを断る。そこで「じゃあここらで一丁オレの実力を思い知らせてやる」とばかりに金持ちのギヨーがその場でオペラ座を呼んでバレエを踊らせるんである。これは鮮やか。「ギヨーは破産するぞ」と言われてしまうほどだから、当時オペラ座を呼ぶというのがどれほどの蕩尽だったことか。そこまでやってもギヨーはマノン振られてしまうのだから可笑しい。
●そう、笑えるのもマスネの特徴。ギヨーという役はコミカルな設定だし、音楽もそれを強調している。プッチーニは笑えない。
●で、このロラン・ペリー演出だが、演出が前に出ることはなく、むしろ「6つの衣装で登場!ネトレプ子のコスプレショー」を楽しむべきプロダクション。スゴいすよ、15歳の田舎少女のネトレプコ。80年代ぶりっ子風味のかわいさ全開。この演技力は普通のオペラ歌手にはない。成金オバチャンになったネトレプコの高飛車ぶりもいい。最後のみすぼらしいネトレプコも意外とかわいい(むしろ着飾るとかわいくない)。ダイエットもがんばった(当社比)。ひとつ演出でよくわかんなかったのは、神父になったデ・グリューの場面で、教会にベッドが置いてあるんだけど、それってあるもの? あと、賭場でギヨーがデ・グリューとマノンをイカサマ容疑で告発する場面も一工夫足りなくてわかりにくい気がする。オラオラ~、ドサ健呼んで来い!
●というわけで、評点を付けるなら、マスネvsプッチーニは9対1くらいでマスネがリードしている。とはいえ、この戦いはどちらが勝ったかは即断できない。マスネはボール支配率70%でシュート20本打ったくらい優位に立っている。でもゴールの数が多いのはプッチーニかもしれない。脚本ボロボロでも、聴く人の全身に鳥肌を立てるような音楽を書いているのはプッチーニだから。高品質なマスネの「マノン」を堪能しつつ、プッチーニの異才っぷりに改めて思いを馳せるのが、この映画。たぶん今週金曜日まで。オススメ。
May 8, 2012