●つい先日の来日公演は行けなかったのであるが、来日に合わせて刊行された「ファジル・サイ ピアニスト・作曲家・世界市民」(ユルゲン・オッテン著/アルテスパブリッシング)を読んだ。ファジル・サイ、初のバイオグラフィー。サブタイトルに「ピアニスト・作曲家・世界市民」とあるが、特におもしろいのは「世界市民」としてのサイの姿。なるほど、トルコに生きるアーティストにはこんな軋轢が待ち構えているのかと多くを知った。つい先日、ファジル・サイがTwitter上でイスラム教の価値観を侮辱したということでトルコで起訴されたというニュースが流れたが、そこに至るまでの経緯、さらに大きな背景としてトルコにおける世俗主義とイスラム主義の対立が芸術家にどう影響するか、といったあたりがわかる。
●個人的にはファジル・サイはワーナー系レーベルで世に出た頃の印象が鮮烈で、その後活動の幅が広がってからは関心を失っていたこともあり、なんとなくサイには2種類の人物がいるような印象を抱いていた。その二人のサイがこの本を読んでやっとつながった気がする。あと、最初に世に出てくるまでの話も興味深い。ニューヨークのヤング・ コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝して、全米弾丸ツアーでチャイコフスキーの協奏曲を山ほど弾かされていたという「アメリカン・ドリーム」実現時代とか。そのままアメリカを拠点に活動していれば普通のピアニストとしてキャリアを積んだだろうが、彼は9.11を一つのきっかけにしてイスタンブールに帰国する。トルコには兵役の義務もあるんすね。サイはお金を支払ってこれを1ヵ月に短縮し(普通は16ヶ月、学位があれば8ヶ月)、中身も形ばかりのものに変えることができたということなんだけど、一般的なトルコ人男性にとっては人生の一大事になるようだ。
July 11, 2012