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October 23, 2012

「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)

「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」●一昔前(いや二昔前くらいか)まではアメリカのオーケストラの勢力地図というと、「ビッグ5」だか「ビッグ6」みたいに西海岸は無視みたいな構図ができあがってたけど、その後のLAフィル(ロス・フィル)とサンフランシスコ交響楽団の躍進ですっかり事情が変わったじゃないすか、いやー、ホントに時代は変わるよねえ……っていう話になると、「そうだねそうだね」と来る人と「え?」ってなる人がいる。かつてのメジャー・レーベル中心のレコード・ジャーナリズムを引きずってると「ビッグ5」の残像が残るんだけど、その後、もうアメリカのどこの楽団もメジャーとの継続的なレコーディング活動はなくなって、みんな自主レーベルの時代に入ってしまった。で、米国オケでその自主レーベルによるレコーディング活動の先鞭をつけたのが、サンフランシスコ交響楽団。ティルソン・トーマスとのマーラーは日本でもCDリスナー層には評判になったと思うんだけど、ようやく11月にこのコンビで来日してくれることになって、その充実ぶりが広く伝わることになるはず(ああ、でもユジャ・ワンの曲目変更が痛恨すぎる、ショスタコ聴きたかった……)。
●で、ここまでが前置きだ(長いよ)。じゃあ、サンフランシスコ響がいったいどうやってこんなに最強に強まったのよ?ってのを明らかにするのが「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)。これを読むとオーケストラはいい指揮者がいていいプレーヤーがいさえすればそれでこと足りる、なんてことはぜんぜんないのだということがよく伝わってくる。そのオケにはどんなタイプの音楽監督が必要なのか、その土地にはどんなプログラム戦略が適しているのか、教育活動はどうする、資金集め事情はどうなっているのか。客席から眺める「コンサート」の外側にも広大な世界があって、音楽家も事務局も理事会もオケにかかわる人々が本物の熱意を持って知恵を絞っている。本書後半のインタビュー集を読むと、彼らが心底まぶしく見える。一般のファンが読んでももちろんおもしろいし、オケ関係者、音楽マネージメント関係者には相当刺激になるのでは。
●印象に残ったところはいくつもあるんだけど、一つ挙げると、プレジデント(理事会の議長)のジョン・D・ゴールドマンのインタビュー。理事会のメンバーは無給のボランティアなんだけど、彼は仕事の時間の8~9割をサンフランシスコ響の活動に費やしている。元保険会社経営者。で、オケ創立100周年の資金調達キャンペーンで1億2500万ドル集めたって言うんすよ。えっ、1億2500万円じゃなくて1億2500万ドル!!! 「多くの人が、できっこない、寄付者に多くの額を頼みすぎていると思っていました。でも蓋を開けてみれば、私たちが予想したよりもかなり多くのお金を集めることができたのです」。これはもう絶句。あと、エグゼクティブ・ディレクターの「キーピング・スコア」の企画に関する話で、当初テレビの音楽ショーをやりたいと地元財団に話をもちかけたら、「もっと大きく考えませんか? 私たちはサンフランシスコ交響楽団にもっとインパクトのあることをやってほしいのです」と返答されたというのも強烈だ。今ワタシらが普段目にするのって、話が進むにつれて最初に広げた風呂敷より「もっと小さく」ってなる話が大半だから、財団から「もっと大きくしよう」って言われるなんて、スゴくない?
●「そんなの今の日本じゃありえない」と思われるかもしれないんだけど、それはもっともなことで、たぶんアメリカ国内でだってベイエリアならこれでよかったけど、じゃあフィラデルフィアやクリーヴランドでも同じ方法論が通用するかといえばそんなものじゃないはず。強気の資金調達や先進的なプログラミングよりも、その正反対の戦略が成功する土地もあるかもしれない。むしろ、オケのあり方はその土地柄次第ということこそが本書の主題。もっとローカルに。都市圏にあって、いかに地域との結びつきを深めるか、という点だけをとっても、限りなく示唆に富む。