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2012年11月アーカイブ

November 30, 2012

新暦制度を考える

新しいカレンダー●11月が30日までしかないという現実をどうにかできないものだろうか。12月は年末なのだ。年末はあらゆる面で世間がせわしくなくなる。「年末進行」は出版業界のみならず、年末年始の休業の影響を受けるいろんな業種にあるはず。それなのに、なぜよりによって11月を30日までにしてしまうのか。11月31日があってしかるべきではないか。むしろ11月こそ32日まであってもいいような気がする。Jリーグの秋冬制とか学校の秋入学制とかを検討する前に、11月32日制を真剣に考えてもいいんじゃないか。
●一方で2月は28日まで、ときには29日まである。この凸凹感をならすのであれば、むしろ他の月の31日を30日までにしたほうがいいかもしれない。よく「にっぱち」なんて言って2月と8月は景気が悪いというが、2月は28日まで、すなわち31日までに比べて約10%ほど期間が短いのであるから、月単位の売り上げが下がるのは当然である。10%も短いのに雇う側は人件費が固定なわけで、それも大変そうだ。まず、毎月30日までを基本に考えてみてはどうだろう。
●毎日30日なら12ヶ月で360日。残り5日間を割り振ろう。まず11月を32日までにするために2日使う。それから3月の年度末もみんな大変そうなので、3月にも2日割り振って32日までにする。残りの1日はやはり大晦日対応で12月に割り振る。
●新しいカレンダーでは毎日30日制、ただし3月と11月は32日まで、12月は31日までとする。なお、4年に1度、うるう年には12月は32日までとして、特大晦日を設ける。12月32日の特大晦日は大変なことになる。なにしろ大晦日に紅白歌合戦をやってるのに、特大晦日に4年に1度の大紅白歌合戦をやらなきゃいけない。NHKが24時間特番で大紅白歌合戦をやる。東京文化会館では大晦日にベートーヴェン・マラソンをやった後、特大晦日でブルックナー・マラソンをやる。男子トイレのブルックナー行列はブルックナー大行列になる。大晦日の深夜の初詣はそのまま特大晦日まで24時間を越えて継続して、元日に向けての全国民的大祈祷大会になる。

November 29, 2012

2013年 音楽家の記念年

●そろそろ来年の音楽家の記念年について。
●今年2012年はジョン・ケージ生誕100周年とか、ショルティをはじめとする多数の巨匠指揮者の生誕100周年があったものの、一般向けには不足と思われたのか、むしろドビュッシー生誕150周年が話題になってしまった気がする。フツー、150なんていう中途半端な数字ではほとんど相手にされないんだけど、かなり例外的な現象だったかなと。
ジュゼッペ・ヴェルディ●それに対して、来年2013年はにぎやかだ。なにしろワーグナーとヴェルディがともに生誕200周年を迎えてしまうわけで、ともに非常にリソースを消費してしまう作曲家だけに、すでに199周年の今年あたりから助走が始まっている感もあり。
●で、この二人の存在があまりにも大きいので、例年だったらネタになりそうなブリテンとかルトスワフスキとかアルカンがかすんでしまいそう。むしろストラヴィンスキー「春の祭典」初演100周年のほうが目立つかも。初演が音楽史上の事件として広く知られている作品ナンバーワンだし。
●去年は指揮者の生誕100周年が目立ったけど、今年は歌手の生誕100周年が豪華。

[生誕100周年]
ベンジャミン・ブリテン(作曲家)1913-1976
ヴィトルト・ルトスワフスキ(作曲家)1913-1994
モーリス・オアナ(作曲家)1913-1992
ノーマン・デロ・ジョイオ(作曲家)1913-2008
モートン・グールド(作曲家)1913-1996
ティホン・フレンニコフ(作曲家)1913-2007
高田三郎(作曲)1913-2000
ルネ・レーボヴィッツ(作曲家・指揮者)1913-1972
ジャン・フルネ(指揮者)1913-2008
ティート・ゴッビ(歌手)1913-1984
リチャード・タッカー(歌手)1913-1975
フェルッチョ・タリアヴィーニ(歌手)1913-1995
柴田睦陸(歌手)1913-1988
吉田秀和(評論家)1913-2012

[生誕200周年]
リヒャルト・ワーグナー(作曲家)1813-1883
ジュゼッペ・ヴェルディ(作曲家)1813-1901
ヴァランタン・アルカン(作曲家)1813-1888
アレクサンドル・ダルゴムイシスキー(作曲家)1813-1869

[生誕300周年]
ヨハン・ルートヴィヒ・クレープス(作曲家)1713-1780

[没後300周年]
アルカンジェロ・コレッリ(作曲家)1653-1713

[その他]
ストラヴィンスキー「春の祭典」(1913)初演100周年

November 28, 2012

LFJ新潟2013のテーマは「モーツァルト」

ビバ、モツァルト●そういえばこの近辺じゃあまり話題になっていないんだけど、来年のラ・フォル・ジュルネ新潟のテーマは「モーツァルト」なんである(→新潟日報)。知ってた?
●東京のテーマは「フランスとスペイン」とか「パリ」とかいろいろ言われているんだけど、どんな言い方になるんすかね。基本的にナントのほうは「**年から**年までのフランス音楽」みたいな打ち出し方で済むみたいなんだけど、日本の感覚だともっとキャッチーなテーマがほしくなる。
●新潟の本公演は4月26日~28日。東京やナントのテーマから外れるけど、モーツァルトってのは英断では。わかりやすいし(モーツァルトの音楽が、じゃなくて、テーマがはっきりしててイメージが共有されやすい)。
●個人的に東京でやってほしいなと思う作曲家はベートーヴェン。第1回でやってるけどやり切ってないだろうし、まだみんな知らなかったわけだから。

November 27, 2012

ピエール=ロラン・エマール~ル・プロジェ エマール2012 II

●もう先週だけど23日はピエール=ロラン・エマール公演二日目へ(トッパンホール)。一日目の続編みたいにドビュッシーの前奏曲集第2巻が前半に演奏されて、後半はアイヴズのピアノ・ソナタ第2番「コンコード」。ほぼ同時期に作曲された両曲が並ぶ。これが同時期なんだからアイヴズってどんだけ先進的なの、いやメインストリームからすっとんきょうなくらい孤絶しているっていうべきか。あと、もうひとつのプログラムの意図としては「引用」。アイヴズの「コンコード」にはベートーヴェン「運命」ってのはいいとして、ドビュッシーはなんだっけ? えーと、「ピックウィック卿を讃えて」が「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」くらいしかわからないんだけど……あ、「花火」のおしまいに一瞬「ラ・マルセイエーズ」か。で、ワタシは行ってないんだけど前日のエマールのレクチャーでは「交代する3度」にストラヴィンスキー「春の祭典」が出てくるとか、そんな話がされたんだとか。
エマールのドビュッシー●一日目と同様、コントラストの鮮明なドビュッシーもよかったけど、やはりアイヴズが断然いい。実演で目の当たりにするとこんなに凄絶で吸引力が強くて、しかも楽しい曲だったのかと再認識。フィジカルにスゴい。トーン・クラスター用のものさし(じゃないだろうけど、黒い棒)をエマールがポロッと落っことすスリリングな場面もあったり(ポロリもあるよ!)、途中の楽章終わったとたんにピロピロ携帯鳴ったりとか、これだけ強靭剛悍な音楽が鳴り響けばそんなハプニングも起こってしかるべきと思う。眉間にシワを寄せて聴く100%シリアスな曲なんだけど、どこかスラプスティック風味。あちこちにジャジャジャジャ~ンが出てくるし。ソローとかナサニエル・ホーソーンって何のことよ? 超越主義、ププッ、みたいな。譜面を置いて鬼神のごとく鍵盤と格闘するエマールは、澄ましてドビュッシーを弾いてるときよりだんぜん精彩を放っていた。

November 26, 2012

Jリーグ2012おさらい~優勝決定&昇格プレーオフ

サンフレッチェ広島●優勝争い、残留争い、昇格プレーオフとこの時期は一大イベント目白押しなJリーグ、あと一節を残してサンフレッチェ広島の初優勝が決まった。広島サポのみなさま、おめでとうございます。2位仙台がホームで残留をギリギリで争う新潟に負けたために、最終節までもつれることなく(傍から見れば)あっさり決定。得失点差28も文句なしにリーグ1位で、実力通りの結果。チームを作ったペトロヴィッチ監督が浦和に去って、代わって森保一が監督に就任した時点ではどうなるのかなあと思ったけど、攻撃サッカーを継承しているのはリーグ2位の得点力にもあらわれている。森保は監督初経験にして、元Jリーガー日本人監督としては最強の実績を手にしたのでは?
●で、広島がリーグ2位の得点力なら1位はどこかというと(あと一節を残した現時点で)、66ゴールを挙げているガンバ大阪。にもかかわらず、残留争いのまっただなか。これだけ攻撃できているのにリーグワースト2位(先に降格を決めている札幌に次ぐ)の63失点は普通じゃない。成功していたチームが継続性のない監督交代でここまで崩れてしまうものなのかと思うと戦慄。
●もうひとつ降格争いをギリギリで踏んばっている新潟はガンバの正反対で、失点がマリノスと並ぶリーグ最少(!)の33点を誇りながら、得点が札幌に次ぐワースト2位。最終節はホーム札幌戦なのでこれに勝つのは必須としても、残留するためにはガンバ大阪と神戸がともに勝利を逃す必要がある。ただ、神戸と得失点差で並んだので、新潟が勝ち神戸が引分けなら必ず新潟が得失点差で上回るわけだ。神戸がすでに優勝を決めた広島とホームで戦うというのは少し神戸に追い風が吹いている面もあるが、新潟の逆転残留も十分ありうる。毎年毎年落ちそうで最後に粘って残留する大宮は、マスコットが神社に祀られてお守りとかになってもおかしくないレベル。ていうか以前販売されてたっけ、お守り。
●で、昇格プレーオフは決勝で大分がJEF千葉を破って、6位といういちばん不利なポジションから昇格枠をゲット。この試合はテレビで見ていたけど、千葉が優勢に試合を進めていた。攻守のバランスもよく、得点もできそうだし、仮にそのまま0対0で終わってもリーグ戦5位の千葉が昇格できそうなものだったが、土壇場で大分の林(元JEF、オシム時代のスーパーサブだっけ?)がディフェンスラインの背後に飛び出て、ループシュートを決めた。因縁を感じる。結局、昇格プレーオフは準決勝も決勝も3試合すべてで「引分けでも勝ち進める」側が負けたわけだ。この「引分けでも勝ち進める」というチャンピオンズ・リーグ第2レグみたいなアドバンテージがことごとく裏目に出るというのはなんなんすかね。

November 23, 2012

家庭交響曲ダブル

シュトラウス●R・シュトラウスの「家庭交響曲」が一週間に2つの違うオーケストラで演奏されるという珍しいことに。17日の飯森範親指揮東京交響楽団、21&22日のエド・デ・ワールト指揮NHK交響楽団、ともにメインプロが「家庭交響曲」。会場も同じサントリーホール。N響は2公演あるから、この週はサントリーホールで3回、「家庭交響曲」が演奏されたってことなんすよね。嬉しいような、もったいないような。
●飯森&東響は少し変則的なスタイルの公演で、前半にマーラー~ベリオ編の「若き日の歌」より5曲(ロディオン・ポゴソフBr)、後半にシュトラウス「家庭交響曲」のみ。これだと正味1時間強しかないわけだけど、前半のおわりにマエストロ飯森が「家庭交響曲生オケ付き解説トーク」を披露してくれた。「これがリヒャルトで、このテーマがパウリーネ、ここは息子のフランツ……」と、合間に自分でオケを実際に振りながら説明するという超親切仕様。この解説にしっかり時間を取って、それから休憩に入って後半で本番を聴くという流れ。これ以上はないぜいたくな楽曲解説ですごくありがたかったけど、その分、プログラム本編が短くなっているので、お客さんとしては意見が分かれるところかも。事前の解説も効いてか、本編の「家庭交響曲」はいっそう描写的で、能弁。わざわざチェロを第一ヴァイオリンの向かい側に配置して、夫婦の対話(vnがパウリーネ、vcがシュトラウス)まではっきり見せてくれて。
●一方、デ・ワールト&N響はぜんぜん違う「家庭交響曲」。「家庭」よりも「交響曲」のほうに焦点が当たっているというか、見事なアンサンブルでシュトラウスの精緻な管弦楽法をたっぷりと楽しませてくれた。金管は好調、重厚な弦とあいまって堅固で骨太のシュトラウスに。終盤の快速テンポがスリリングで、この曲にあると思っていた「てへ。」みたいな照れとか「(苦笑)」みたいな要素にあまりかまわずに、猛然と疾走して鮮やかにフィニッシュ。これだけビシッと言ってやればパウリーネもフランツも大人しくなるだろう、くらいの勢いでオヤジ圧勝感。
●フランツ……、リヒャルトのお父さんもフランツなんすね。ところで、「家庭交響曲」に描かれてた息子フランツは、大人になってどういう人物になったんすかね?

November 22, 2012

ピエール=ロラン・エマール~ル・プロジェ エマール2012 I

●21日はピエール=ロラン・エマールの「ル・プロジェ エマール2012」へ(トッパンホール)。リサイタル2公演の間にレクチャー1回をはさむという3日間のシリーズ。リサイタルIはクルタークの「遊び―ピアノのための」より7曲、シューマン「色とりどりの小品」Op.99より9曲、クルターク「スプリンターズ」Op.6、ドビュッシーの前奏曲集第1巻というプログラム。以前の「コラージュ─モンタージュ」のような寄木細工仕様にはなっていないけど、今回も小品集を集めた小品集・集というかメタ小品集とでもいうべきミクロコスモス無双。
エマールのドビュッシー●前半のクルターク~シューマン~クルタークは間を置かずに続けて演奏して、急−緩−急ならぬモダン−ロマン−モダンの三部形式のように一気に聴かせる。既存作品の組み合わせに新たなコンテクストを付加しようという点では、「コラージュ─モンタージュ」に継続するシリーズといえる。前半クルタークからシューマンに移行するときに感じる眩暈が、後半ドビュッシーの前奏曲集のたとえば「西風の見たもの」→「亜麻色の髪の乙女」と続く瞬間にも感じられて、見知った風景を初めて来た場所のように思わせる。ピアノの響きは多彩で、くっきりと鮮明。すなわち異なるキャラクターが集められた柄物をぜんぶいっしょに扱ってもすっきりときれい、しかもぜんぜん色落ちしない。それがエマールの洗浄力。(←それ去年も書いてないか?)
●アンコールは3曲。先日亡くなったエリオット・カーターが100歳で書いたFratribute(フラトリビュート)、リゲティの練習曲集第2巻から「魔法使いの弟子」、ハインツ・ホリガーの「エリス」。楽しい。曲目的には本編もアンコールも交換可能だと思うんだけど、やっぱりアンコールのほうが楽しく感じられるのは、なにが出てくるかわからないっていう福引き的な遊戯性ゆえなのか?

November 21, 2012

J1昇格プレーオフと新国立競技場最優秀賞

●絶妙というべきか奇怪というべきか、「引分けならリーグ戦上位が勝ち進む」という変則レギュレーションではじまった、J2の3位から6位までによるJ1昇格プレーオフ。昇格するのは1チーム、4チームによるトーナメントで準決勝が11/18に開催された。驚天動地の結果がこれ。

京都(3位)0-4 大分(6位)
横浜FC(4位) 0-4 ジェフ千葉(5位)

●京都も横浜FCもホーム一発勝負で引分け以上でOKという有利な状況、そしていかにも得点が生まれにくそうな状況だったにもかかわらず、両者とも0-4という大量失点を喫して敗れ去った。見てないのでどうしてこうなったのか、よくわからないんだけど、京都は2失点した後に退場者が出てしまった模様。その後リスクをとって攻めて失点したということなのか。横浜FCと千葉の試合に至っては、前者のほうがシュート数が多いのにこの得点差。スタッツだけ見てもサッカーはわからないということか。
●で、決勝はまさかの大分(6位)対千葉(5位)。11/23(金・祝)、国立競技場開催ということで、心惹かれるものがあるが、もうこれくらいの気温になると生観戦が億劫になる軟弱者でもある。もし生がムリでもせめてテレビ中継はマストで。地理的にはより近い千葉を応援すべきだが(フクアリ最高)、レギュレーションで不利な(アウェイで勝たなきゃいけないんだから)大分に肩入れしたい気分もあり。J2は大分、北九州、熊本、福岡、徳島、愛媛に来季から長崎も加わるということで九州・四国エリア多すぎの感もあるので、大分がJ1にあがったほうが全国バランス的にも吉。
新国立競技場●新国こと新国立競技場(え?)のデザイン・コンクールは最終審査を終えて結局ザハ・ハディド案に決定。うーん。屋根は開閉式、スタンドも可動式でフットボール・モードのときは陸上トラックがなくなってくれるようだが、イラストではゴール裏側がふくらんでいてやたら隙間ができるのが気がかりだった案。隙間を埋めてくれることをサッカーの神様にお祈り中。ニュースでは「自転車ヘルメット型」のスタジアムと呼ばれていたが、国立競技場の愛称が「ヘルメット」では少し悲しい。やはり愛称は「カブトガニ」か?
●カブトガニといえばそのはじまりを中生代ジュラ紀にまで遡れる由緒正しい節足動物、国立競技場にはふさわしい……といいたいところだが、絶滅危惧種であった、縁起でもない。カブトガニ、ていうか、もしかして使徒?

November 20, 2012

マイケル・ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団

●19日、サントリーホールでマイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団。←名前が長い。が、MTT&SFSOだと十分通じない感じ(それともSFS? あるいはSF響?)。独奏のユジャ・ワンはショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番の予定だったのに、ラフマニノフのパガニーニ・ラプソディに変更。これに激しく落胆してテンションは下がっていたのだが、当日足を運んでオケの音を耳にしたらもうそんなことは忘れてしまった。メイン・プロはマーラーの交響曲第5番。期待通りというか期待を上回るうまさで、まさにトップレベルのスーパーオケ。金管の輝かしさ、パワーと安定感は尋常じゃないし、木管のソロはだれもかれも聞きほれる見事さで、どうっていうことのないフレーズでもいちいち聴きどころになってるし、艶々した弦のデラックス感も最高(弦の席次は数週間単位でローテーションされるんだとか。なので最後列のプルトまでみんなバリバリ弾く感じ)。サントリーホールじゃ飽和するってくらいに音がでかいんだけど、思いっきり余力を感じさせる。弦は対向配置で第一ヴァイオリンの隣にチェロ。超高解像度マーラー。
ティルソン・トーマスのマーラー●お客さんの集中度もすさまじかった。終わった瞬間の沸き方も久々に目にするもので、MTTは2度にわたってソロ・カーテンコールに呼び出された(「一般参賀」と比喩するにはMTTはあまりに若々しすぎる)。語り草になるレベルの名演だったのでは。オケの機能美と表現力があまりにも秀逸で、帰り道はむしろ憂鬱になった。サンフランシスコという街に対する嫉妬心で。絶望。
●たとえるなら、世の中クセ者ぞろいでおもしろいよなーとそれなりに充足してるところに、最高に頭もよくてルックスもよくて元気溌剌とした健康体で性格もよくてリッチで寛容で頼りがいがある、そんなまぶしすぎるヤツが入ってきて、すべてを吹き飛ばしたという気分。燦々とふりそそぐ陽を浴びて、どこにも陰が見当たらないマーラー。昔、バーンスタインが全宇宙の苦悩を背負って呻き声を発しながら棒を振ってたマーラーが冗談に思えてくる。明るい。MTTがときおりテンポを揺らして歌い込むと、マーラーは最高に上質なエンタテインメントになる。あのアダージェットの絢爛さ。ただうまいだけじゃなくて、作品観をひっくり返すくらいのインパクトがあった。「名曲」ってのはこうやってバージョンアップされて時代を生き延びていくのだなあ。

●参照→ 「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)。終演後著者の潮さんとご挨拶できて吉。
November 19, 2012

カヴァコスのベートーヴェン、デ・ワールト&N響のブルックナー

●Jリーグが佳境に入っているが(あのJリーグ昇格プレーオフの結果はなに!?)、先週のコンサートから。
カヴァコスのベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集●14日、レオニダス・カヴァコスのヴァイオリン・リサイタルへ。前日、同じトッパンホールでコパチンスカヤの突き抜けた演奏を聴いたばかりだったんだけど、この日は対照的に王道のベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ・プロ。特に後半の「クロイツェル」が圧巻で、この曲でこんなに燃焼度が高くて、なおかつ堅牢でスケールの大きな音楽を聴けるとは。文字通り固唾を呑んで聴き入ってしまった。ピアノのエンリコ・パーチェが完璧にソロと息の合った伴奏を聴かせてくれて、さすがレコーディングしたコンビ。DECCAレーベルから、ベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ全集がリリースされている。
●カヴァコスの名が最初に視野に入ったのはBISからシベリウスのヴァイオリン協奏曲初稿がリリースされたときだと記憶しているんだけど、あの頃に今のカヴァコスのメジャー感を予測した人は少なかったのでは。いまやベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスだし。あとルックスもすっかり垢抜けて、最高にクール。一年切ってないらしいストレート長髪は、片手に紙袋を持って秋葉原を歩いてもまったく違和感がないが、それがヴァイオリンを持つと宇宙一カッコいいロンゲ男子に変身する。ぜひ髪は切らずにこの路線で巨匠への道を歩んでほしい。
●16日はエド・デ・ワールト指揮NHK交響楽団へ(NHKホール)。ブルックナーの交響曲第8番。皇太子殿下ご来臨。ニュースにもなっていたらしい。一曲のみの大曲プロなので休憩はないのだが、開演前にさっそく男子トイレに長蛇の列ができた。いわゆる「ブルックナー行列」である。世間一般ではトイレの行列といえば女子のものと思われる方が多いかもしれないが、演奏会でブルックナーが演奏されると男子側に行列ができる。殿下もブルックナーがお好きなのだろうか。侍従とブル8の版問題について語り合っていたりするかもしれない。演奏は後半に進むにつれて熱気を帯び、豊麗で重厚な響きが生まれていた。
●ブルックナーって、聴く人みんなこだわりポイントがそれぞれ違うのか、わかりあえない音楽って気がする。クラヲタがパーティの席で話題にしてはいけない作曲家ナンバーワン。

November 16, 2012

大井浩明POC#12ジョン・ケージ「一人のピアニストのための34分46.776秒」と「易の音楽」全巻

●15日は古賀政男音楽博物館のけやきホールで、大井浩明さんのピアノによるPOC(Portraits of Composers)#12、ジョン・ケージの「一人のピアニストのための34分46.776秒」と「易の音楽」全巻。「34分46.776秒」はプリペアド・ピアノのための作品だが、猛烈なプリペアド具合で、なおかつピアノの外部を用いた特殊奏法(外側を叩いたり、ペダルを踏む騒音を鳴らしたり、鍵盤に爪を滑らせて擦過音を発したり)が加わり、さらにピアノ以外に笑い袋やクラッカーまでが乱入して、まさにおもちゃ箱をひっくり返したような多種多様な音色のパレード。しかも演奏中に奏者がプリパレーションを自ら調整するという荒業もたびたび飛び出す。プリペアド・ピアノ作品とはいっても「ソナタとインターリュード」のような甘美なメロディのある曲とはまったく違うストイックな音楽で、というか偶然性が用いられていると思われるので、そこに文脈を認めるかどうかは聴き手に委ねられる。
●で、偶然性の総大将みたいな作品として、どこの本にも出てくるけど実際には聴いたことのない(ライブでは)「易の音楽」全巻。コイン投げの結果という偶然によって音の諸要素が決定され、実際にそれが演奏可能かどうかも顧みられていないという恐るべき作品。偶然で決まっているんだから、そこに作り手の意図はない。起承転結もない。なので作品全体としては、これを聴くのは滝行。でも何もかも純粋にランダムかというと、作り手が最初に定めた一定のルールがある以上、本当の乱数列みたいなものでもないはず。それと、乱数であってもそこに人は意味を認めることは可能なので、部分部分では聴き手は意図された文脈を感じておかしくない。その気になれば感情表現すら読み取れるかもしれない。
●偶然から音楽を作ろうといっても、じゃあコイン投げの結果をどうやって音高、リズム、和音、テンポ等々に結び付けようかとなると、なんらかの恣意は必要になるだろう。じゃ、本物のランダムとはなにかというと、たとえば乱数列。剥き出しのランダムネス。たった今、実際にexcelで一桁の整数の乱数を発生させてみたら、こうなった。
3
9
9
7
1
9
●これは本物の乱数。しかし、そう知らずにこの数値を読んだらどう感じるだろう。3,9,9と並ぶ列は明らかに3の倍数、あるいは3の乗数という「操作」や「意図」を感じさせる。続く7は、9の一つ下の奇数というオペレーションだろうか。次に1が来て、最後にまた9に戻った。円環構造だろうか。するときっと次は、9,3,...と続くのか? もしかすると大小様々な円環がいくつか連続して大きな構造を作ろうとしているのか。全部奇数だということはいずれ偶数列に変容するのだろう……。と推し量るかもしれないが、これは正真正銘の偶然、たった今発生させた一発目の乱数列だ。にもかかわらず、この数列からは、文脈を読み取らないほうが難しい。
●しかし、今のは一桁の整数だった。じゃあ、次に八桁の整数で乱数列を生成してみよう。
34521900
62835402
74254949
41308591
38856015
58533128
●さて、今度も同じく6つの整数が並んだが、この並びから文脈を読み取ることは可能だろうか。たぶん、ムリ。次にどんな数が来るかもまったく予測できない。一桁の整数と八桁の整数では、その母集団の大きさがまるで違う。仮に音の諸要素から音高という要素を取り出すと、ピアノの場合、単独音としては(特殊奏法部分以外は)88鍵から選択されてて、これは半音階という飛び飛びの値を持った数列ということになる。つまり母集団の大きさとしては一桁の整数の乱数列よりは大きいけど、八桁の整数の乱数列よりは小さい。「意味を読み取りたくなる」結果が時折生まれるのは母集団のサイズに起因するものなのだろうか? 偶然性で作った曲のはずなのに、その結果がしばしば人の意思による音列の操作から生み出されたものに似て来るという現象は、こういった母集団のサイズと、(連続する周波数ではなく飛び飛びの値を持つ)半音階列という要素の共通が生み出すものなのかもしれないなあ……。
●と、滝に打たれてふと思ったりするのも、人間の奏者がいて怪物的大作と向き合う実演の迫真性があってこそ。POCシリーズの次回#13は12月12日にファーニホウ&シャリーノが、1月26日にはジョン・ケージその2(南のエテュード集)が予定されている。詳細はこちらに。

November 15, 2012

オマーンvsニッポン@2014年ワールドカップ アジア最終予選

オマーン●かつてない余裕を持った最終予選。アウェイのオマーンvsニッポン戦。「中東でアウェイだから、日本時間だと深夜キックオフだろう」と思い込んでいたら、なんと20時半キックオフ、すなわち現地は15時半の平日真っ昼間。マスカット・スタジアムの気温は30度以上の蒸し暑さ。細貝なんてこの前(ドイツで)雪の中で試合したとか言ってるのに、いきなり猛暑。コンディションではまったく太刀打ちできないアウェイゲームになってしまった。中東の最大の強みって、これなんすよね。今回、「ドキッ!中東だらけの最終予選」なんだけど、ニッポンの中東アウェイゲームはこれが初。日程が完全に先行逃げ切りを目指して組まれているので(そして、実際その通りに事は進んでいる)。
●前半からもうキツそう。オマーンは少なくとも前半に2ゴールを決められたはず。ニッポンのメンバーはGK:川島-DF:酒井宏樹、今野、吉田、長友-MF:遠藤(→高橋秀人)、長谷部-清武(→細貝)、本田圭佑、岡崎-FW:前田(→酒井高徳)。ケガで香川と内田を欠いているけど、なぜか安定のベストメンバー感。前半20分に左サイドを長友が抜け出て(トラップのときハンドなかった?)、グラウンダーのクロスに対してこぼれたところを清武が蹴り込んで先制。オマーンは攻撃でミス多すぎ。
●後半19分に前線の前田遼一を下げ、サイドバックの酒井高徳を入れるという意外な交代。どういう布陣かと思うと、酒井高徳を右ではなく左サイドバックに入れて(両サイドバックがW酒井になった)、長友を一列前に上げた。で、清武がトップ下で本田が前線ということのようなんだけど、むしろゼロトップというべきか。疲労を見越してフレッシュな選手を入れつつ、中盤構成を少し守備寄りにしたということか。が、後半32分、オマーンのフリーキックが選手に当たってコースが変わってゴールに吸い込まれて1-1。急にオマーンの選手たちが元気付く。
●で、ザッケローニは後半39分に清武を下げて細貝を入れた。中盤の底を細貝と長谷部にして、遠藤を一列前のトップ下に。中盤でボールが奪えず、簡単にゴール前まで運ばれる展開になっていたので、守備の運動量を上げる。同ポジションで遠藤か長谷部を下げて細貝を入れるという手もありそうなものだけど、清武を下げた。なので、これはこのまま1-1で引き分けていいから、負けて相手に勝点3を与えるのだけは避けようという意図に見えたし、事実そうだと思うんだけど、交代がそれ以上に機能した。後半44分、酒井高徳が左サイドを突破して、クロスに対して遠藤が中央につめてボールをすらしたところに、ファーで岡崎が押し込んで再びリード。酒井高徳のドリブルといい、あそこに遠藤が飛び込んでるあたりといい、このチームはスゴい。岡崎を控え選手たちがもみくちゃにしていたのに笑った。
●あとはそのまま試合を終わらせて、オマーン1-2ニッポン。勝点1でも御の字なのに勝点3。これでグループBはニッポンが勝点13(!)、続いてオーストラリア、イラク、オマーンが5で並ぶ。まさかこんな展開になるとは。
●お隣のグループAはウズベキスタンがアウェイでイランに勝利して、1位が勝点8のウズベキスタン、続いて勝点7で韓国、イラン、カタールが並ぶという混戦になっている(ただし韓国は試合数が1つ少ない)。韓国は日本とは逆で序盤にアウェイが多く、最後にホーム2連戦なので、実質的には韓国がトップのようにも思えるけど。

November 14, 2012

コパチンスカヤの無伴奏

●13日、トッパンホールのパトリツィア・コパチンスカヤの「無伴奏」リサイタルへ。ヴィターリのソナタ集より「カプリッチョ・ディ・トロンバ」、クルタークの「サイン、ゲーム、メッセージ」&「カフカ断章」より(弾き歌いあり)、ピセンデルの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ イ短調、エネスク(エネスコ)の「幼き頃の印象」より「フィドル弾き」、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、というプログラム。これに当日バッハ「シャコンヌ」が追加されていた。
●知らない曲も知ってる曲もぜんぶ初めて聴く曲のように聞こえる強烈さ。獰猛で、チャーミング。半ばシアターピース的に曲想を全身で表現しながら、時折フレーズの終わりに客席にまっすぐ向かって目を見開いてプチドヤ顔を見せてくれるのが、コワかわいい。全身全霊で表現する崖っぷちの音楽の連続で息つく暇もなし。バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタなんて、こんなに鋭利で針の振り切れた演奏を聴くと、今まで聴いてきた演奏はなんだったのかと感じる。アンコールにホルヘ・サンチェス=チョンの「クリン」(曲が終わった瞬間、みんなワッと笑った)、ピアソラのタンゴ。テレビ収録あり。
●トッパンホール→神楽坂駅(どマイナールート)は坂道の急登(笑)があるので、行きは楽チン(死語)だけど、帰りは少しだけキツい。そこをあえて登ってショートカット感を味わいたい。神楽坂から飯田橋を歩くと坂道を下る格好になるので、神楽坂駅は坂の上にあるっていうことなんすよね。

November 13, 2012

J2閉幕。昇格プレイオフと町田の降格

●J1よりも一足先にJ2が閉幕。22チームものクラブで争った結果、1位ヴァンフォーレ甲府と2位の湘南ベルマーレがJ1自動昇格へ。湘南は最後に京都を交わしての自動昇格。おめでとうございます。
●で、昇格枠の残り1つは、今年から3位から6位までの4チームによるプレイオフで争われることになった。最初、これってどうかなと思ったんすよね。ホーム&アウェイの長いリーグ戦を戦った以上、もう決着は本来ついてるわけだから。それをひっくり返す意味なんてあるの?と。
●でも少し思い直した。プレイオフをやると3番手の昇格チームには少なからず追い風が吹くはず。プレイオフ自体の経済効果もあるだろうし、4チームのプレイオフを勝ち抜いたとなれば地元からの注目もがぜん集まる。スポンサー集めにも吉。経営基盤の弱いチームが多い2部リーグだからこそ、こういう工夫が必要なのかも。
国立競技場●で、このプレイオフ、実は変則的なルールだってことを今日になって知ったんだけど、まず準決勝として、京都(3位)vs大分(6位)、横浜FC(4位)vs千葉(5位)を、それぞれ順位上位チームのホーム一発勝負で戦う。ホーム&アウェイではない。で、決勝は国立で中立地一発勝負。おもしろいのは、準決勝も決勝も延長戦がない。引分けで終わった場合、順位上位チームが勝ち抜けるんである。つまり上位チームは圧倒的に有利だ。準決勝では地力のある側がホームで戦えて、しかも引分け以上でいいんだから。露骨にカウンター狙いも可。万一、先に失点したとしても、追いつきさえすれば勝てるわけだ。
●なので、リーグ戦を3位で終えた京都がもっとも有利に戦える。理にかなっているようなかなっていないような……。ちなみに同様の昇格プレイオフはイングランドにもあるようで、2部リーグ(フットボールリーグ・チャンピオンシップ)では3位から6位のチームで一つの昇格枠を争う。今回のJ2と同じような形式だが、違うのは彼らは準決勝からホーム&アウェイを戦う。J2方式とイングランド方式、どっちがいいのかはわからないけど、今回のプレイオフ、順位上位チームがどんな戦術をとるかは要注目かと。
●あと、最下位に終わった町田ゼルビアは、史上初めてJリーグから降格するチームになったわけだ。これまでJ2は降格がないのがどうにも下位に緊張感を欠いていたように思うんだが、ついにJFLへの降格チームが出た(JFLからは長崎が上がってくる)。町田はせっかくJFLから昇格したと思ったらあっという間に戻ることになってしまったが、東京都のクラブでもあることだし、1シーズンでまたJ2昇格することを願う。
●やっとJ1、J2、JFL、地域リーグが昇格・降格ルールでつながった。下部リーグから上位リーグへの昇格は戦績以外にスタジアムの整備やら経営状態やらいろんな要素があるが、上から下に落ちるには、ただひたすら負け続けるだけでいいんである。つまりJ1にいた栄光のチームが、地域リーグ(関東リーグ1部、関東リーグ2部、東京都1部、2部、3部……)まで落ちていくということも可能になった。夢が広がる……いや、悪夢が広がるというべきか。

November 12, 2012

山田和樹&日本フィル→エド・デ・ワールト&N響

●10日はダブルヘッダーを敢行。昼は山田和樹指揮日本フィル(サントリーホール)。山田和樹正指揮者就任披露演奏会。プログラムがすばらしくて、前半に野平一郎「グリーティング・プレリュード」、ガーシュウィンのピアノ協奏曲(パスカル・ロジェ)、後半にヴァレーズ「チューニング・アップ」、ムソルグスキー~ストコフスキー編の組曲「展覧会の絵」。前後半ともシャレっ気のある小品で始まった。ヴァレーズの「チューニング・アップ」はオーボエのチューニングで開始されて、ぼんやりしていると本当のチューニングが始まったのかと錯覚するが、その後、さまざまな名曲の引用をさしはさむ喧噪のヴァレーズ流祝典音楽に。「ウ~~~」とサイレンが鳴るセルフパロディ?がウケる。続く「展覧会の絵」のチューニングで笑いを取るのは期待通りのお約束。楽しい。
●「展覧会の絵」、有名なラヴェル版は1922年。ストコフスキーは1939年。もちろんストコフスキのほうが新しいんだけど、その隔たりは思ったほど離れているわけでもない。ストコフスキー版は冒頭のプロムナードが弦楽合奏で始まる。普通に考えればそうなるような気がする。編曲としてはラヴェルのほうが奇抜なのかも。たとえば「古城」ではファゴットに続いて、ラヴェルはサクソフォンでメロディを吹かせるけど、通常のオーケストラ編成であれば、ストコフスキのようにコーラングレをあてるのが本筋だろう……と思っていたら、なんと、この日の演奏では「古城」でラヴェル版同様にサクソフォンが登場した。ん?記憶違いだったのかなと思ったけど、ひょっとしてストコフスキ版はオプションでサクソフォンも選択できるということなのかな? きっとここに書いておけば、親切な方がfacebookページのコメント欄で教えてくれそうな気がする……。
●オケは秀逸。4曲ともに美しい響きを聴かせてくれた。新ヤマカズ恐るべし。
おもちゃの剣。攻撃力+1●夜はNHKホールでエド・デ・ワールト指揮N響。前半が武満徹「遠い呼び声の彼方へ!」「ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に」と独奏ヴァイオリン(堀正文)を要する曲が2曲。後半はガラッと雰囲気が変わって、ワーグナーの「ワルキューレ」第1幕演奏会形式。これは強烈。大編成のオーケストラ、あのホールの大空間にもかかわらず歌手陣の声がよく通る。エヴァ・マリア・ウェストブレークのジークリンデ、フランク・ファン・アーケンのジークムント、エリック・ハルフヴァルソンのフンディングの3人。字幕が入ったおかげもあり、すっかり「ワルキューレ」の物語世界に没頭できた、なんの舞台もないのに。でもあの第1幕ってストーリー的にはジメジメと3人がもっぱら語り合ってるだけでノートゥング以外はこれといって必要な舞台装置やら演出やらはないのかも。
●アーケンは少し喉のコンディションに苦しんでいて、最初セリフで「水を分けてほしい」どうたらこうたらと歌った後で、足元のエビアン(推定)を口にしたのはシャレかと思ったけど、その後なんども水を飲むことに。でも歌手陣の聴衆をひきつける力は並大抵のものじゃなかったと思う。終わった瞬間のブラボーはまれに見る盛大さ。歌手3人とオーケストラでこれだけ奥行きのある音楽を作れてしまうなんて。ワーグナー偉大すぎる。
●しかし盛り上がっただけに、第1幕だけ聴いて帰るって、なんだか不思議。この宙ぶらりんになった第2幕への期待感はどうすれば。みんなウチに帰ってCDとかDVDで渇望をいやしたのだろうか?

November 9, 2012

ルプーのオール・シューベルト

●8日は東京オペラシティでラドゥ・ルプーのオール・シューベルト・プロ。前回の東京公演はキャンセルになってしまったので、ようやく。16のドイツ舞曲D783、即興曲集D935、ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調。ルプーはピアノ椅子ではなく、高さの調節できない普通の椅子(オケで使うパイプ椅子?)にどっぷりと腰かけて弾く独特のスタイル。舞台は暗め。近年の世評があまりに高すぎて、期待半分不安半分くらいに身構えていたんだけど、すっかり魅せられて放心してしまった。ディテールまで徹底して彫琢したシューベルトのはずなんだけど、外枠の大きな流れは滑らかで淀みない。弱音方向の繊細な表現に重心が置かれて、深みのある音色もすばらしい。作為の重畳だけが自然体を装えるという意味で、すぐれてシューベルト的なのかも。
●ルプーが曲間、楽章間を取らず、緊張感を切らさないように意図する一方で、客席側からは(特にソナタの楽章切れ目で)「ここで間がほしい」と要求するかのように逐一咳払いが起きた。ワタシの解釈では、これはマナーの問題ではなく、ピアニストvs聴衆の目に見えないバトル。自分の儀式化された世界を完成させたいピアニスト対こっちを置き去りにしないでっていう客席の一部との。おもしろいと思ったけどなあ。
●客席に内田光子、アンデルシェフスキ、小菅優といったピアニストたちの姿あり。アンコールもシューベルトで、ピアノ・ソナタ第19番第2楽章と「楽興の時」第1番。

November 8, 2012

ジュリアーノ・カルミニョーラ&矢野泰世@トッパンホール

●7日はトッパンホールへ。ジュリアーノ・カルミニョーラのヴァイオリンと矢野泰世のフォルテピアノによるオール・モーツァルト・プログラム。ヴァイオリン・ソナタからト長調K379(第27番)、変ロ長調K378(第26番)、へ長調K377(第25番)、イ長調K526(第35番)。「アウエルンハンマー・ソナタ」の3曲と成熟期の一曲を組み合わせたプログラム。これまでカルミニョーラはヴェニス・バロック・オーケストラとの共演でしか聴いてなかったんだけど、モーツァルトを弾いてもやっぱりカルミニョーラ。闊達自在、大胆でコントラストの鮮やかなモーツァルトを満喫。デュオなので、アンサンブルを従えてソリストとして登場するときみたいにフェロモン全開とは行かないけど、クラッとするような見得を切る瞬間がたびたび訪れてサービス満点。ムンムンしてる。
●トッパンホールへのアクセスはいろんなルートがあって公式サイトには最寄り駅として飯田橋、江戸川橋、後楽園が案内されている(あとは都営バスも)。これ以外に東西線の神楽坂という手もあって、トッパン→トーハン本社脇→音楽之友社脇と歩く出版業ルートで神楽坂に出ることができる。この三社以外にもこのあたりには印刷や製本、製版、取次など出版関連の会社が密集している。

November 7, 2012

最近聴いたCD&音源から

●「ディスク」って言葉、あるじゃないすか。ほとんどの場合、CDのことなんだけど、時としてLPとかDVDとかいろんなものを含める便利な言葉。でも、ダウンロード音源とかストリーム配信はもうディスクじゃないし、なんて言えばいいんすかね。英語ならMusicなんだろうけど、日本語じゃそうもいかないし。今のとこ世間的には「音源」? でもうっすらと日本語の正用から外れてる感もあり。ともあれ、媒体にこだわるのは意味レスか。
Mozart: Piano Concertos, Kristian Bezuidenhout●名前の覚えられない鍵盤奏者ナンバーワン、ベザイデンホウト(ベズイデンホウト)の新録音は、フライブルク・バロック・オーケストラとの共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲第17番&第22番。ソナタ集の録音がすばらしかったので、これは待望の録音。ディスクよりデータのほうがリリース日が早かったので、発売当日にゲット(amazonは発売日の0時になったらダウンロード可能になるんすね)。管弦楽パートが壮麗な第22番のみならず、第17番でもフライブルク・バロック・オーケストラが雄弁で圧倒される。曲のスケールがとても大きく感じるが、ソロは繊細でニュアンスに富む。ソナタも協奏曲も全集になってほしいと祈る。
Rameau : Symphonies a deux clavecins●ピエール・アンタイとスキップ・センペのチェンバロによる「ラモー:2台のクラヴサンによるシンフォニー」。ラモーの「優雅なインドの国々」をベースとして、そこに「ダルダニュス」や「ゾロアストル」などラモーの他の作品から何曲も挿入され、2台チェンバロによる「ベスト・オブ・ラモー」の趣。冒頭の「優雅なインドの国々」序曲からしてクラクラするほどのカッコよさ、筆舌に尽くせない楽しさ。ぐっとテンポを落とした「ポーランド人のエール」の荘重さ、絢爛華麗な「タンブーラン」、そして原曲でも聴けば必ずといっていいほど感動する、旅の終着点にたどり着いたかのような寂しさと歓びが渾然一体となった「シャコンヌ」。鳥肌ポイント満載なり。
Nielsen Symphonies Nos. 2 & 3, Gilbert●アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルによるニールセン:交響曲第2番「四つの気質」&第3番「広がりの交響曲」。アメリカのオーケストラは自主制作以外ではなかなか録音が出にくくなっているが、これはDacapoレーベルから。しかもニールセンで2番と3番って。どういう(経済的な)仕組みでこういう企画が成り立ってるんでしょか。両曲ともワタシは好きなんだけど(第2番の終楽章で泣けてしまうワタシはダメ者であろうか)、オケのサウンドが明るくて、晴れ晴れとした気分になるニールセン。鮮烈。
ジョリヴェ/ヴァレーズ ピアノ作品集●コジマ録音からリリースされた、若手ピアニスト石井佑輔さんによる「ジョリヴェ/ヴァレーズ ピアノ作品集」。ヴァレーズのピアノ作品といっても、「オクタンドル」のピアノ独奏編曲版で、それ以外はジョリヴェづくし。石井さんはオルレアン国際21世紀ピアノ・コンクールでアンドレ・ジョリヴェ賞を受賞しているということで、ジョリヴェとその師ヴァレーズという構成で一枚。知らない曲ばかりなんだけど、とてもおもしろい。ヴァレーズの激越さと過剰さはジョリヴェに受け継がれていたのだなあ。スクリャービン的妄執を連想させる「コスモゴニー」、呪術的な6つのオブジェに触発された小品集「マナ」、バルトークへのオマージュであるピアノ・ソナタ第1番、他。苛烈さのなかにポエジーが漂う。

November 6, 2012

エリオット・カーター103歳で逝く

Elliott Carter 100th Anniversary●アメリカの作曲家エリオット・カーターが逝去。11月5日、ニューヨークの自宅にて。享年103。長命だっただけでなく、100歳を超えてもなお現役の作曲家として活動していたという並外れた創作力を誇っていた。合掌。
●写真はナクソスのアメリカン・クラシックス・シリーズの生誕100周年記念アルバム。自らの生誕100周年を祝った作曲家というのは他にいるのだろうか。録音は多数。ピエール=ロラン・エマールによる「ナイト・ファンタジー」他、メジャーレーベルからのリリースも多い。

November 5, 2012

ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団

●もう先週だけど、1日はブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団へ(サントリーホール)。ベートーヴェンの第3番「英雄」と第7番のプログラム。これは今年足を運んだ演奏会のなかでもっとも客席が沸いた公演だったかも。第7番が終わった瞬間の怒涛の「ブラヴォー」もスゴかったが、最後はやはり一般参賀に。N響といい、DCHで観るベルリン・フィルといい、ブロムシュテットが指揮したときの一般参賀率の高さには驚嘆する。
●N響で「新世界より」を聴いたときも思ったけど、ブロムシュテットが振るとみんなブルックナーみたいに聞こえる。レンガを土台から黙々と積み上げていって、しまいにとんでもない威容が浮かび上がる、といったように。ぜんぜん中庸の美じゃないし、ベートーヴェン7番は意外とヘンタイ度も高かった。ぶっきらぼうに見える棒が次第に音楽を白熱させてゆく様は圧巻。そして多くの老大家と異なり、85歳なのにスルスルッと身軽に歩ける壮健さは人体の神秘。オケは先入観よりずっとまろやかなサウンドを聴かせてくれた。
●「シューマンの指」(奥泉光著)がもう文庫化されている。文庫版解説は片山杜秀さん! この小説は音楽ファンのために書かれた傑作。でもどう傑作かを言おうとすると、そのこと自体がネタを割ってしまう可能性があるから、あまり言えない。未読の方はamazonのレビューから目をそらす必要あり。

November 4, 2012

「愛の妙薬」@METライブビューイング

妙薬ありますMETライブビューイング2012/13シーズンが開幕。第1弾はドニゼッティの「愛の妙薬」(11/9まで)。バートレット・シャー新演出で、ネトレプコがアディーナ、ポレンザーニがネモリーノ、クヴィエチェンがベルコーレを歌う。
●もうMETライブビューイングはすっかり彼らなりの方法論を確立していて、安心して楽しめる。映像、音声、幕間の舞台裏紹介やインタビュー等々。さっきまで役になりきっていたスター歌手をつかまえて幕間にインタビューをするなんて、最初はドキッとしたけど、今はこれがないと物足りなく感じる。生のオペラともDVDとも違う、まったく新しいエンタテインメント。映画館だから、ワタシはカップホルダーにホットコーヒーやペットボトルのお茶を置いて、上映中も静かに飲む。本物のオペラと違って、いろんな面で気合いを入れなくて済む日常感がいいんすよね。
●で、「愛の妙薬」。ポレンザーニがあまりに精悍な顔つきだから、どうしたって抜け作ネモリーノには見えないんだけど(あんな意思の強そうな風貌をした男がため息ばかりついているはずがない)、でも結果的には不要なおちゃらけがなくて、出来のいいラブコメに仕上がっていた。この話はドゥルカマーラ(アンブロージョ・マエストリ)以外は、コミカルな要素をあまり強調しないほうが楽しいのかも。人物設定としてアディーナにもネモリーノにもリアリズムが感じられる。アディーナって農場主のお嬢なんすよね。だからダメ男なんて絶対許せないんだけど、この演出を見てると最初からネモリーノに惹かれているんだなというのがよく伝わってくる。まさにツンデレ。
●ポレンザーニの「人知れぬ涙」に怒涛の大ブラボー。配布されたタイムスケジュール表に「生の舞台さながらに、拍手やブラヴォーの歓声を歓迎いたします」と書いてあったが、映画館で一緒にブラボーを叫ぶ人はいなかった。ワタシらシャイだから。でも、少しは拍手も起きていたので、いずれそういう文化が定着するかもしれない。「生の舞台さながらのフライング・ブラヴォー」とかどうか。
●「愛の妙薬」って、ため息ばかりついてる他力本願なダメ少年が、外的な力を借りて自己実現するという男の子の願望充足オペラなんすよね。たとえるならネモリーノがのび太、アディーナがしずかちゃん、ベルコーレがジャイアン、ドゥルカマーラがドラえもん。

November 2, 2012

リュウ・シャオチャ指揮フィルハーモニア台湾記者会見&シンポジウム

フィルハーモニア台湾記者会見&シンポジウム
●1日昼、ホテルオークラでリュウ・シャオチャ指揮フィルハーモニア台湾のミニ記者会見&シンポジウム。11月9日の東京公演に先駆けての開催。壇上には写真左より司会の音楽評論家吉村渓氏、梶本眞秀KAJIMOTO代表取締役社長、大野順二東京交響楽団楽団長、ホアン・ピードァン中正国立文化中心芸術総監督、リュウ・シャオチャ フィルハーモニア台湾音楽監督、ジョイス・チュウ同楽団事務局長。フィルハーモニア台湾はこれまでにLFJにも出演しているけど、実は今年から海外向けの名称を「台湾フィルハーモニック」に変更している。今回は便宜上「フィルハーモニア台湾」の旧称を使う。
●シンポジウムは「アジアのオーケストラの今」と題されたもので、明快な論点を持って談論風発するというものではなく、台湾側と日本側でそれぞれの楽団事情の現状認識を述べあうといったところ。日英同時通訳のインカムが用意されていたので、短時間の割には情報量は多かった。一言で印象を述べれば「フィルハーモニア台湾は恵まれた環境にあって勢いがあるなあ」。もともと100%国営のオーケストラだったのが、2005年に再編されて、公益法人として独立し、政府からの助成金も徐々に減らされて、現在は60%にまで下がったというのだが、それでも60%はスゴい。大野順二東響楽団長は「東響は10%未満だから大変うらやましい話」。ホールも練習環境も整っているようだし、おまけに聴衆層がぜんぜん違う。「聴衆の60%が30歳以下なので、シニアにも足を運んでもらえるように割引チケットなどで工夫している」(ジョイス・チュウ事務局長)と、まるっきり東京とは逆転世界。東京と台湾の年齢別人口分布も違うんだろうけど、それ以上の違いのはずで、「日本と違い、台湾ではシニアにとってクラシック音楽はなじみの薄い文化」(ホアン・ピードァン中正国立文化中心芸術総監督)という背景がある模様。クラシック音楽は若者文化なんすよね。まあ、かつては日本の聴衆も今よりずっと若かったので、今後どうなるかはわからないけど。
●リュウ・シャオチャ音楽監督は「オーケストラは社会の縮図。私たちの楽団は台湾の多文化社会を反映して、好奇心に満ち、若くフレッシュで、オープンマインドを持っている。今回は楽団の特徴を知ってもらうためによく知られた作品を並べた」とのこと。東京公演ではドヴォルザークの「新世界より」、グリーグのピアノ協奏曲(萩原麻未)他が演奏される。招聘元のプロモーション映像はこちら

November 1, 2012

新国立競技場

アムステルダムのアレーナ新国立競技場の改築に向けてデザイン案が募集されている。現在、最終審査に向けて11点のデザインにまで絞り込まれた。で、その11点がこちらに。現在の国立競技場はワタシにとっての「聖地」ではあるが、あまりに古びてしまっているのも事実。どうせ改築するなら、群を抜いてすばらしいスタジアムになってほしい。せっかくなので一サッカー・ファンの視点で、公開されているイラストだけを見て11点についてコメントしてみた。絵しか見てないので勘違いもあるかもしれないが、とりあえず。
●まず作品番号2。コックス・アーキテクチャー。スタンドが可変式のようで、陸上競技のときはトラックをしっかりとるが、フットボールではスタンドがピッチを矩形に囲むようになっている。ありがたいことだが、その割にはゴール裏からピッチが遠い。屋根の形状を見ると雨天はドームになるのだろうか。サッカーでは閉める必要はあまりないとは思うが……。
●作品番号9。ポピュラス。「ポピュラス」という名にはグッと来るものがあるが、悪夢のようにピッチが遠い。ゴール裏はもちろんのこと、長辺部分においても陸上トラックからさらに余白が広がっている。イギリス人設計者ともあろうものがこんなものを作ろうとは。サッカーへの深い恨みと絶望を感じる。
●作品番号12。UNスタジオ/ヤマシタセッケイ。これも可変式のスタンドを用いるようで、陸上競技時にはたっぷりとトラックにスペースをとるが、フットボール使用時はピッチのそばまでスタンドが迫り出してくるようだ。悪くない。ややスタンドの傾斜が緩いだろうか? 屋根部分がどうなっているのかわかりにくいが、透明な材質による開閉式か。晴れの日に青空が見えて、日光を浴びられるのなら無問題。
●作品番号17。ザハ・ハディド・アーキテクト。こちらも陸上使用時とフットボール使用時でスタンドの位置が異なるようで、その点はうれしい。が、フットボール使用時ですらこのゴール裏の遠さは何だ? なぜそんなにゴール裏方向を膨らませるのか。空中からの外観は美しいが、鳥たちの目を喜ばせるより、フットボール・ファンの幸せを考えてほしい。
●作品番号24。タバンルオールー・アーキテクツ・コンサルタンシー。こちらもスタンド可変式で、フットボール使用時にはピッチが近くなる。「上階の安席で見るなら、ピッチの周りに陸上トラックがあろうとスタンドがあろうと距離は同じじゃないか」と思う方もいるかもしれないが、それは違う。ピッチと客席の「隙間」は試合を冷たくする(横浜国際での寒々しいワールドカップを思い出してみよう)。半透明の屋根が広く覆うので雨対策は十分だが、しかし晴れの日にはもう少し開放感が欲しくなるかも。開口部が狭すぎて、真夏のゲームでは蒸し風呂にならないだろうか。
●作品番号26。ドレル・ゴットメ・タネ。まるで森のように緑に囲まれた外観、そして内部は採光に配慮した開放感のあるデザイン。見た目には麗しいが、ピッチは気絶しそうなほど遠い。エコでロハスでオーガニックな設計者は、今すぐまともなスタジアムに足を運んでジャンクフードを貪りながらビールを飲んで、選手と選手の体がぶつかり合う姿を目に焼き付けてほしい。
●作品番号32。梓設計。陸上トラックが固定で存在するので、ピッチは遠いが、ただ可能な限り「隙間」を小さくしようとした配慮は感じられる。ただ、それでもゴール裏住人にとっては無慈悲なデザインと言わざるを得ない。太陽光をとり入れようという屋根デザインはステキだ。むしろ横浜国際をこんな風に作って欲しかった。
●作品番号33。伊東豊雄建築設計事務所。これもピッチが遠い。ゴール裏最前列とピッチとの間に、ハーフコートを敷いてミニゲームができそうなくらいだ。試合のテンションは確実に下がる。異論の出にくい保守的な案だけに脅威。
●作品番号34。SANAA事務所+日建設計。え、陸上トラックどこ?と思うようなデザインで、スタンドがピッチを矩形に囲む。ゴール裏からのピッチまでの距離を最小にしようという意図が感じられる。スタンドの傾斜もしっかりととってあるように見える。設計者のフットボール愛を感じる。おまけに外観はどこのスタジアムとも違う独特なもので、21世紀にふさわしい。
●作品番号35。gmpインターナショナル。あたかも陸上競技のためのスタジアムのようで、場内に一歩足を踏み入れたフットボールファンが踵を返したくなるほどピッチが遠い。実現すればたちどころに全フットボールファンの憎悪を集めることになるだろう。
●作品番号37。環境デザイン研究所。こちらも陸上競技とフットボールで使い分けができるタイプで、ゴール裏も含めてなるべくピッチを近くしようと配慮されている。屋根も必要最小限で青空が見えるのは悪くない。この絵柄からすると開口部の広さは天候に応じて調整できるということか。メインゲート前に大きなスペースがとってあるのは、どういった狙いだろうか。外観は先鋭ではないが、斬新さはある。8万人のお客の動線に問題がないようなら、歓迎したい案。
●というわけで、11点中、1位を選ぶなら(←だれも頼んでないよ!)作品番号34(SANAA事務所+日建設計)に一票。それ以外では、作品番号12(UNスタジオ/ヤマシタセッケイ)、作品番号37(環境デザイン研究所)を歓迎したい。
●ところで新国立競技場の略称は「新国」になるんだろうか(笑)。

なお、上記は公開された絵柄だけを見ての感想。実際にはどれもスタンドが可変式で見易さに留意されているのかもしれない。横浜国際という最悪の先例があるおかげで、もはやピッチが近いかどうかばかりが気になり、全体の外観に目を向ける余裕がなくなっているということは自覚している。


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