●今月は怒涛の勢いで次々と上映されているMETライブビューイング、今週はヴェルディ「仮面舞踏会」へ。ファビオ・ルイージ指揮、デイヴィッド・アルデン演出、歌手陣はマルセロ・アルヴァレス(グスタヴ)、ディミトリ・ホヴォロストフスキー(レナート)、ソンドラ・ラドヴァノフスキー(アメーリア)、キャスリーン・キム(オスカル)、ステファニー・ブライズ(ウルリカ)。「仮面舞踏会」はなんといってもヴェルディの音楽が最強。こんなにも次から次へといろいろな楽想がよくわいてくるなというくらい充実していて、改めて作曲者の才能の偉大さを痛感する。初めて聴くヴェルディとしてもふさわしいのでは? 長さもほどよいし、物語も明快だし。
●で、「仮面舞踏会」のなにがいいかといえば、盛り合わせ定食になっているところ。一作のオペラのなかに、喜劇もあれば悲劇もある。コミカルでユーモラスで、抒情的でドラマティック。基本、前半はコミカルに進む。でも2幕、夜の墓場でアメーリアがレナートに素顔を見せてしまったところに、王の暗殺者たちが集まって合唱が歌う。「悲劇は喜劇に変わる……」。ところが逆に、ここから作品は喜劇から悲劇へと変貌する。おもしろい。本来、普通のドラマであれば、「忠実な親友の妻への愛から破滅する王」の話に、コミカルな小姓(オスカル)なんて役柄が出てくるはずはないんだけど、そこを承知で全部盛ってみたのが「仮面舞踏会」。音楽がこれだけすばらしければ、なんだってアリ、大歓迎。
●実話に基づくスウェーデン国王暗殺という脚本では検閲を通らないため、ヴェルディは舞台設定をボストンへと変更した。このプロダクションでは本来のスウェーデンに舞台を戻して上演している……といっても、服装からして時代設定は20世紀前半。グスタヴやレナートもスーツを着たビジネスマンのようにも見えて、どうとでもとれる。歌手陣も含め音楽的には大満足だが、このアルデンの演出だけはピンとこない。国王の失墜のメタファーとしてなのか、イカロスをモチーフに舞台を飾り、オスカルに翼を装着させたりしてるんだけど、えー、それは演出ってのとは違うんじゃないかな~、と。「なるほど!」って腑に落ちないもの。腑に落ちないというか、オチがない前フリというか。でも歌手陣と指揮者には歌いやすい/演奏しやすいと好評の模様。
●あ、でもいいなと思ったところがあったんだった。3幕でレナートの書斎に、グスタヴのデカい写真が飾ってあったんすよ。これは演出家の意図とはぜんぜん違う理解かもしれないけど、いくらボスの忠実なしもべであり親友だといっても、普通は部屋にデカい写真(てかポスター)なんか貼らない。つまり、これはこのオペラの「三角関係」の意味を再定義している。レナートとグスタヴの愛。レナートは妻をグスタヴに寝取られたという以上に、グスタヴを妻に奪われた。愛ゆえに憎しみが燃えあがり、凶行へと至る。これは納得じゃないすか。
●実はいちばんコミカルな場面は悲劇のクライマックスの直前だと思う。「オレに殺らせてくれ」「いや、オレが殺る!」「なんだと、殺るのはオレだ」「じゃ、くじ引きで決めようぜ」。くじ引き!!!! その場で作ってるし!!!!!!
January 16, 2013