●METライブビューイング、今週はベルリオーズの大作「トロイヤの人々」を上映中。上映時間5時間17分という長大さも強烈だが、それ以上に中身も無茶苦茶な放蕩っぷりで異形のスペクタクル大作。こんなに長いのに合唱ほとんど出ずっぱり、これでもかというくらいバレエシーンがふんだんに盛り込まれ、歌手の聴かせどころも多すぎてインフレ状態、経済性とか上演可能性とかそういうものを一切合財無視して、ねじのはずれた天才がやりたい放題に書いたとんでもないオペラ。台本もベルリオーズ。生前全曲上演がかなわなかったのも当然だろうし、今だって国内で実演に触れる機会はなさそう。フランチェスカ・ザンベッロ演出、ファビオ・ルイージ指揮。
●全5幕3部構成になってるんだけど、作品は事実上二つのオペラが合体している。第1部(第1、2幕)は「トロイの木馬」編。予言者カッサンドラ(デボラ・ヴォイト)が策略を予感して訴えるが、トロイ人たちは嬉々としてギリシャ軍が残した木馬を城内に運び入れてしまう。で、最後は敵に辱めを受けるくらいならと、カッサンドラが先導して女子たちが集団自決という凄惨さ。一方でベルリオーズのオーケストレーションは壮麗。
●第2部(第3、4幕)からは舞台はカルタゴに移って次の物語へ。一転してお花畑全開、バレエもりだくさん。女王ディドー(スーザン・グラハム)のもとにトロイアの武将アエネアス(ブライアン・イーメル)に率いられた一団が流れ着く。ディドーとアエネアスはラブラブに。二人で抱き合ってキャハキャハ笑いながら原っぱをゴロゴロ転がりそうな勢いで(そんなシーンないけど)、ひたすら優雅で贅沢な美の世界に浸ることができる。「王の狩りと嵐」も聴ける。
●が、アエネアスはローマへと旅立つ運命、神のお告げに従って、泣く泣くディドーに別れを告げる。第5幕は捨てられて半狂乱となったディドーの独壇場。これが怖い怖い。ローマへ旅立ったアエネアスを末代まで祟ろうと、冥界の王へ生贄を与えよと命じ、将来のハンニバルによるローマへの復讐を予言する。アエネアスからの贈り物をすべて山積みにし、そこで自害して呪いをかける。女の恐ろしさを描くときのベルリオーズの冴えっぷりは異常。怨念がこもっている。男子必見の修羅場で幕。
●アエネアス役は当初マルチェッロ・ジョルダーニだったのが降板してブライアン・イーメルになったとか。とても代役とは思えない見事さ。声も風貌もよっぽど武将らしい。
●第1幕、カッサンドラをデボラ・ヴォイトが演じたこともあって、ブリュンヒルデを連想する(ここでも火が焚かれているし)。自らの台本による壮大な叙事詩、神と人間の対話、世界の崩壊を描くという点でもワーグナーを思わせる。その射程の大きさににおいて19世紀オペラの双璧。
January 29, 2013