●今さら取り上げるのもなんだが、ようやく読んだ、「アイアムアヒーロー」(花沢健吾著/小学館)。すでに第11巻まで発売されていて長編化しているが、ひとまずは第1巻~第5巻までを第1部として見てみよう。
●舞台は東京。感染すると凶暴化し、人に噛みつくという原因不明の疫病のパンデミックを描く。噛みつかれた者もまた感染し、凶暴化する。が、この物語でも近年の諸作品と同様に「ゾンビ」という言葉は使われない。ヤツらは「ZQN」と呼ばれる。
●「アイアムアヒーロー」序盤の秀逸な点は、この世界の破滅を35歳の売れない漫画家の視点で描いたところ。主人公鈴木英雄の冴えない日常がリアル。冴えないっていっても、戯画化されたダメ男じゃないんすよ。等身大で描かれる冴えなさ。主人公は一度デビューして連載も持ってたくらいなんだけど、それがあっという間に打ち切られ、やむなくアシスタントに逆戻りして食いつないでいる。再デビューを目指すがチャンスは来ない。気立てのよい彼女はいるんだけど、その元カレは売れっ子漫画家。彼女は二言目には元カレのマンガがいかにすぐれているかを口にし、酔うと豹変して主人公の甲斐性のなさをなじる。
●これってすごく生々しい。主人公はデキの悪い人物じゃないんすよね。一回連載持ってデビューしたくらいだからむしろ優秀。でも住んでる世界は狭いし、未来が見えない。自分が生み出した妄想におびえたり、年相応の大人のふるまいを自然にできなかったりする。社会のなかで安全な道のりから一歩外に出た者が向きあうリアル。なんならこのままゾンビなしで物語が進んでもぜんぜんおもしろく読めてしまいそうだ(笑)。
●感染初期段階の描き方は納得のゆくもの。超人口過密地域なのであっという間に感染は広がるが、当初はだれも事態を正しく把握できず、すぐに社会はもとに戻るという正常性バイアスがかかる。デマに影響され、多数派に漫然と同調してしまう人々の姿も描かれる。なぜ主人公が生き延びているかと言えば、まず最初の混乱の段階で西武池袋線の下りに乗車したというのが大きいだろう。石神井公園駅で乗車し、車中での混乱を生き延び、たまたま電車が止まった入門市駅(モデルは入間市駅か)で降りることになった。そこからタクシーで高速に乗り、中央道を下っている。車で移動できたのは富士山付近の遊園地まで。電車もタクシーも間一髪で難を逃れているのだが、都心に留まるよりは生き延びるチャンスはあったはず。
●これまでの先行事例も示唆しているように、最初期段階の課題は、いかに人の少ない地域に移動するか。都心からの電車での避難を考えると、南北方向よりは東西方向への移動のほうが容易だろう。西へ、そして富士山へと向かう、というのは一つの解として興味深い。
April 4, 2013