●シベリウスの評伝というと、これまでに「シベリウス ― 写真でたどる生涯」(マッティ・フットゥネン著/音楽之友社)、「シベリウスの生涯」(ハンヌ=イラリ・ランピラ著/筑摩書房)があったが、今やどちらも入手困難。で、そこに待望の新刊「ジャン・シベリウス 交響曲でたどる生涯」(松原千振著/アルテスパブリッシング)が登場した。著者は合唱指揮者で、北欧での演奏経験も豊富。
●で、評伝といいつつも副題に「交響曲でたどる生涯」とあるように、作品解説をさしはさみつつ生涯をたどるという独特の構成になっている。本文正味170ページほどに評伝と作品解説の両方が含まれるので、さすがに評伝部分は細部まで綿密に生涯を追いかけるといった構成にはなっていないが、コンパクトに読みやすくまとまっているのが吉。作品解説も読み甲斐がある。リファレンス的な研究書というよりは、闊達な筆致で綴られた読み物としてのおもしろさに魅力を感じる。逆に巻末に添えられた作品リストは基礎資料として非常に有効。
●シベリウスの過度の飲酒癖については、よく知られていると思う。本書では「交響曲第7番」の章で、演奏旅行中にシベリウスは酒気を帯びてコンサートに臨み、アイノ夫人からたしなめられたことや、あるコンサートでは手の震えが止まらずアルコールの力を借りて乗り切ったことが述べられている。
アルコールの問題は深刻であった。健康にかかわるというような単純なことではなく、その当時フィンランドでは禁酒の法律が出ていたのである。そして1922年4月、特例を認めない完全禁酒法が施行された。ところがシベリウスは医師から特別に酒を、それも強い酒を得ていた。(p117- )
これは盲点。フィンランドには厳格な禁酒法時代があったんすね。
●秘書レヴァスの記憶として、シベリウスが死の2か月ほど前に「『クレルヴォ』『レンミンカイネン組曲』を入れて私の交響曲は9曲になった」と語っていたという話もおもしろい(p130)。もうとっくに「第8番」はあきらめていた(燃やした?)だろうから、「もう9曲書いたんだからこれでおしまいでいいじゃないの、やれやれ」的なニュアンスだったんだろうか。シベリウスもマジックナンバーとしての「第九」を意識していたというのがおかしい。