●またしても三連休とは……。最近、三連休多いなあ(←今さら?)。そして今週はすさまじくコンサートが集中している。
●3日は彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールでイザベル・ファウストのバッハ無伴奏ヴァイオリン作品全曲演奏会へ。最強に強まる埼京線で行ってみれば案外近い与野本町。同一日2公演方式で、15時半から第1部でソナタ第1番、パルティータ第1番、ソナタ第2番。約70分ほどの間隔を空けて、18時からパルティータ第3番、ソナタ第3番、パルティータ第2番。タフなプログラム。ほぼノン・ヴィブラートだが輝かしくて力強い音色。雄弁で表現は多彩。鋭く強靭な音も弱音も美しく制御されている。第1部はこちらの不調で集中できなかったんだけど、第2部は猛烈に満喫、濃密な無伴奏。長丁場らしく終盤はスリリングに。最後のシャコンヌの後、30秒近い長い沈黙が訪れて、大拍手スタオベ多数。楽譜を置いていて(ほとんど見てないと思うが)、曲によって4ページ分を貼りつけた?大きな一枚を置いていたのがおもしろかった。アンコールに「バッハも知っていたはず」というピセンデルの無伴奏ヴァイオリン・ソナタから。
●4日は昼に東京文化会館小ホールで、井上静香ヴァイオリン・リサイタル。ソロ、室内楽のほか、紀尾井シンフォニエッタ東京メンバーとして、またサイトウ・キネンや先日の東京春祭オケにも参加している井上さんだが、先日、FM PORTで私がナビゲーターを務める番組「クラシックホワイエ」にゲスト出演していただいたことでご縁ができた。ストラヴィンスキーの協奏的二重奏曲、ベートーヴェン「クロイツェル」などどれも見事だったけど、圧巻は佐藤眞の無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲。作品と奏者の強い結びつきを感じさせる確信に満ちた演奏で、楽器というか、ホールの空間全体を豊かに鳴らし切っていた感。
●4日夜は大久保の淀橋教会で「大井浩明/ベートーヴェン:ピアノソナタ全32曲連続演奏会」第4回公演。ソナタ第12番「葬送」、第13番「幻想曲風ソナタ」、第14番「月光」、第15番「田園」と、趣向が凝らされた曲が続く。作曲年では1800年から01年。わずかこんな短期間でこれだけ書かれているとは。1800年は交響曲第1番が完成された年でもある。すさまじい創作力の爆発。そしてその熱波みたいなものが、フォルテピアノからギュンギュンと伝わってくる(楽器はヨハン・ロデウィク・ドゥルケン、1795年頃)。楽器の表現力を最大化することへの執念、そしてベートーヴェンがその後もずっと持ち続ける悪ノリ感というか、ガハハと笑う作曲家の姿が透けて見えるかのような奇抜さ、さらにアイディアのおもしろさを普遍のドラマに昇華してしまう非凡さをひしひしと感じる。特に「月光」。第1楽章のSenza Sordinoという困惑の指定が生み出す、輪郭のぼやけた朧月夜のような幻想的情景。たゆたうような第1楽章から、第2楽章の生々しい現実へと帰還する際の響きの極端な変化は衝撃的。第3楽章での情熱の噴出は楽想が楽器のスケールを超越することで表現される。だって、湧きあがる音の奔流に抗えずに、楽器が軋んで揺れるんすよ! モダンピアノだったらサムソンの怪力でも楽器はびくともしない。おまけにちょうどそこに外から救急車のサイレンが聞こえてきて、ここは大久保、連休最後の夜、作品を捧げられたジュリエッタ・グイチャルディ嬢のハートに緊急信号が明滅する様まで伝わってくる。
●アンコールには京都での同様企画で委嘱初演されたフォルテピアノのための新作から、小出稚子「ヒソップ」と川上統「閻魔斑猫」(エンマハンミョウって読む甲虫なんだとか)。ハーブと昆虫というともにフォルテピアノが喚起するイメージに由来する両作は、楽器に触発されてソナタを書いたであろうベートーヴェンの後に聴くにふさわしい。シリーズ次回は12月6日(金)に第16~18番、21番「ワルトシュタイン」。第17番「テンペスト」における嵐ってどんな音なんすかね。
November 5, 2013