●今年、新訳が刊行されたスティーヴン・キングの「書くことについて」(田村義進訳/小学館文庫)。これはかつて「小説作法」の題で刊行されていたものだが、新訳かつ文庫化で再登場。キングの傑作小説と同じように、抜群におもしろく、読みはじめると止まらない。簡潔な自叙伝付きの「文章読本」といった内容で、自叙伝部分がすばらしい。幼少期の思い出から、売れない物書きになり、そして初期の名作「キャリー」で成功を収めるまでが記されている。
●もうホントに平坦じゃない、キングの歩んだ道のりは。母子家庭に生まれ、子供の頃の思い出も母親のクローゼットでゲロを吐いた話とかで、きらきらとした思い出が散りばめられているっていう感じじゃぜんぜんない。早くから書くことに目覚めるけど、大学を出てもろくな勤め先はない。タピー(キング・ファンにはおなじみの奥さん)と結婚して早々に二人の子供を授かるんだけど、キングは洗濯屋勤務、タピーはダンキンドーナツの遅番。生活保護の一歩手前の生活水準で、子供に薬も買ってやれない。そんな未来への展望がまるで開けない環境から、「キャリー」をきっかけに時代を代表するベストセラー作家が誕生することになった。「キャリー」で突然大金を手にすることになって、どうしたらいいかわからず、タピサにヘアドライヤーを買ってプレゼントする場面は涙なくして読めない。
●で、さすがにキング、箴言満載。いいなと思ったのは、キング自身が学生時代に地元の週刊新聞の編集者(田舎町にもいる現場の叩き上げのオッサンみたいなイメージ)から言われたアドバイス。「ドアを閉めて書け。ドアをあけて書き直せ」。つまり、まず書くときは一人で書く。他人に意見を求めない。でも書きあげたら、今度は人に見せて書き直せってこと。この種の実践的なアドバイスがいくつもある。もうひとつ例をあげると「副詞を削れ」ってのが印象的だったかな。さまざまな副詞を駆使してどんどん文章を修飾したくなるものだけど、「地獄への道は副詞で舗装されている」。そうねえ、でもこれは英語と日本語では事情が違うんじゃないの……といった反論も可能なわけだが、いわんとすることはよくわかる。気持ちが弱いと副詞だらけになるんすよね、文章は。
December 17, 2013