●明日17日で上映が終わってしまうのだが、今回の「ファルスタッフ」はこれまでに見たMETライブビューイングのなかでも一二を争う楽しさだった。演出はロバート・カーセン。昨年のミラノ・スカラ座来日公演と同じ演出なので、改めて話題にすることもないかもしれないが、本当に気が利いている。時代設定を1950年代のアメリカ(イギリスかもしれないけど、なんとなくアメリカと思って見た)にしているにもかかわらず、オーソドックスで作品本来のテーマを尊重した人間賛歌としての「ファルスタッフ」。史上最強の肉礼賛オペラ。肉っていうか贅肉。
●喜劇だからちゃんと笑える。しかし、オペラでちゃんと笑える演出って本当に貴重で、笑いを取りに来る場面でむしろ白けることも多いんすよ。カーセンのは本気で笑えるし、ジンと来る。一つだけ挙げると、第2幕のパステルカラーの50年代テイストのキッチンの場面。フォード(フランコ・ヴァッサッロ)が怒り狂ってファルスタッフ(アンブロージョ・マエストリ)を探す場面なんだけど、とんでもない大人数で探しに来て、キッチンの棚に並べられた無数の小道具をみんなで放り出す。巨体のファルスタッフを探すのに全員でキッチン棚の小物を捜索している様子が実におかしくて、そんな大騒動のなかで若いナンネッタ(リゼット・オロペーサ)とフェントン(パオロ・ファナーレ)が愛をささやき合っている盲目っぷりも素っ頓狂で腹が痛い。まさにこういうことっすよね……生きるって!
●アリーチェはアンジェラ・ミード。以前のMETのオーディション映画で脚光を浴びた人。すっかり立派になって。というか、体格的にはファルスタッフに負けないくらい立派で、なのに「太った人に税金をかける法律ができたらいいのに」とか歌う。全般に肉礼賛なので。肉、つまり、人の根源的な喜びを力強く肯定する。
●指揮台にはジェイムズ・レヴァインが待望の復帰。予想したよりも重い音がオーケストラから出ていた。歌手陣はみんな見事で、マエストリはファルスタッフそのもの。オロペーサのナンネッタに好感。
●「ファルスタッフ」はなにより作品が偉大。悲劇好きではない自分にとっては、文句なしにもっとも見たいヴェルディ作品。第1幕と第2幕までの密度の高さ、スピード感がすばらしくて、実のところストーリーは第2幕で終わっていると思う。でも、そこまでだとストーリーは足りても、テーマが足りない。第3幕はテーマと、そして真の主役である音楽(フーガ!)のためにある、一種のエピローグみたいなものだと感じる。このオペラのエピローグであり、80歳になろうとする作曲家の創作人生のエピローグなんだな、と。
January 16, 2014