●入門書とは「なんにも知らない人に初歩の初歩」を教える本ではない。本当になんにも知らない人は、その本を決して手に取ってくれない。そうではなく、「すでに興味を十分持っていてその分野にある程度親しんでいる人に、知っておくべきことを教えてくれる」のがいい入門書。その意味で、これは最良のオーケストラ音楽の入門書だと思う。「オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識」(長岡英著/アルテスパブリッシング)という書名ではあるけど、オケ奏者でなくとも非常にためになる一冊。
●ここで教えてくれる「クラシックの常識」がなにかというと、帯に「シンフォニーは開幕ベルの代わりだった!?」という惹句が載っていることからも察せられるように、実は音楽史の基礎知識。オケの入門書である以上に音楽史の入門書なのだ。交響曲がコンサートの最重要ジャンルになったのはそう昔の話ではなくて、かつては演奏会の開幕ベルのような前座の演目で、オペラ・アリアや協奏曲のほうが主役だったこと、そしてやがて時代とともに交響曲中心のプログラムが組まれるようになったこと等々が、読み進めるうちにするっと腑に落ちるように書かれている。古典派初期にはフルートはオーボエ奏者が持ち替えで演奏していたとか、ハイドン時代のエステルハージ家のオーケストラでファゴット奏者がティンパニやヴィオラも担当したとか、そういうのって単なる豆知識じゃないんすよね。当時、音楽作品を演奏するという職務がどんな性格のものだったのかについて、歴史的な視点を与えてくれる。
●ひとつひとつの章は短く簡潔で、すらすら読める。文体は「です・ます」。このわかりやすさは驚異的。平易に書かれているんだけど、中身は本格派。クリスチャーノ・ロナウドの大腿四頭筋級の力強さでオススメしたい。
May 15, 2014