●18日はウルバンスキ&東響へ(サントリーホール)。キラルの交響詩「クシェサニ」、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(庄司紗矢香)、ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」というプログラム。「クシェサニ」が痛快。民謡風メロディの反復に混沌とした響きが重畳されるクライマックスが楽しすぎる。カオスなんだけど、秩序だった響きの美しさが感じられたのが吉。ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」も快演。この曲がこれだけ整然として響くとは。バロック的な装いを明確に打ち出した作品にふさわしい愉悦。
●ウルバンスキの力みのない指揮ぶり、指揮台でムーンウォークしてるみたいなスムース平行移動など、あらゆる所作が独特すぎてカッコいい。いや、イケメンだからなにをやってもカッコいいのかも。ぜんぜんカッコよくないオッサンが同じ動作をしているケースを想像してみて、カッコいいとキモいは紙一重で隣り合っているということを思い出す。
●19日はノリントン&N響へ(NHKホール)。今回も特設の反響板を舞台後列に並べ、ヴァイオリンは対向配置、コントラバス最後列、ホルンとトランペットを左右両翼に置く独特の配置。ノン・ヴィブラートのピュアトーン仕様によるオール・ベートーヴェン・プロ。一曲目の「レオノーレ」序曲第1番の最後の一音とともに回転して客席に向かってドヤ顔を決めるノリントン翁。おかしすぎる。ピアノ協奏曲第1番の独奏はピエモンテージ。これまで協奏曲ではオケのなかに立って指揮したりかなり特異な配置があったけど、今回は指揮者もソリストも通常のポジション。ピエモンテージの鋭利でメリハリの効いたソロがすばらしい。アンコールでドビュッシー「花火」。後半、ベートーヴェンの交響曲第7番は倍管で。これまでシリーズで聴いてきたほかの交響曲と同様、意表をついたダイナミクスやフレージングがあちこちにあって、即興性やユーモアにあふれている。第2楽章が快速アレグレット。この曲に緩徐楽章はない。ブラボーは盛大。やはり真摯な音楽には笑いがないと。
●カーテンコールが終わると、ノリントンは舞台の端に立って、ベンチで選手たちを迎えるサッカーの監督みたいに楽員たちをひとりひとり迎える。拍手がいったんほぼ止んでお客さんが帰りはじめても、まだノリントンが舞台上に見えているから、また最後に自然と拍手がわきおこってマエストロを讃える。こういうソロカーテンコール?もありうるのか。
October 20, 2014