●「古都のオーケストラ、世界へ! オーケストラ・アンサンブル金沢がひらく地方文化の未来」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)を読む。同じ著者の「オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」と同様の視点、そして綿密な取材によってオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のたどってきた道のりと現在地を記したノンフィクション。ほとんど下地のなかった土地でどうしてOEKが誕生し、地域との結びつきを深めながらも、国内外で膨大な数のツアーを敢行し、成功を収めることができたのか。よく知られていることも、今まで知らなかったことも、この一冊にしっかりとまとまっている。やはり草創期のエピソードがおもしろい。
●読んで改めて思うのは生みの親である岩城宏之さんの先見の明と実行力。こんなに一人の指揮者のヴィジョンがそのまま形になったオーケストラ(しかも自治体のオーケストラ)なんてないんじゃないかな。なんといっても最初の第一歩として「はじめるからには日本一になれるように」と室内オーケストラというサイズで始まったのが大きい。数多くのツアーもこのサイズゆえの機動力あってこそ。発足にあたって、地元の市民オーケストラを母体にしない、国籍不問で優秀な奏者を集める等、いろんな方針が打ち立てられているけど、特にスゴいと思うのは名称を「オーケストラ・アンサンブル金沢」に定めたことだと思う。自治体の補助は石川県が60%で、金沢市が40%という割合なのに、岩城さんが当時の中西知事に対して「申し訳ないけど石川なんて誰も知りません。買いかぶりかもしれないけど、金沢っていうと日本中の人が文化のイメージを抱いている。石川ではだめです」って主張したっていうんすよね。逆にいえばそれを受け入れた県も懐が深いというか。岩城さんのアイディアを実現するために、現場でずいぶん多くの人が奔走したにちがいない。
●あと、このオーケストラは本拠地として県立音楽堂っていう立派なコンサートホールがあるんだけど、ホールがあってオーケストラができたわけではなくて、オーケストラが先にあってその後でホールができたというのも、なかなかないことだろう。
●この一冊は芸術的な成果だけではなく、財務面にも目を向けているのが特徴。第6章の「オーケストラの持続可能性(サステナビリティ)とは」で明らかにされているように、自治体の補助があっても中規模の地方都市でオーケストラを維持していくことはなかなか大変。2010年度から3期続けて赤字を計上したけれど、2013年は辻井伸行&アシュケナージの全国ツアーが全公演完売になったおかげでリーマンショック以降の最高益を記録したなんて書いてあるのを読むと、まさしく興行以外のなにものでもないわけだ。そこでサステナビリティの観点からなにが必要かという点に対して用意される著者の提言は着実な正攻法というべきものだが、特にブランディングとマーケティングの重要性に言及されているのが興味深かった。
October 28, 2014