●映画館で観るオペラ、METライブビューイングの今季2作目は「フィガロの結婚」。レヴァインの指揮にひかれて足を運んだが、期待以上に完成度の高い舞台だった。リチャード・エアの新演出は、舞台を第二次世界大戦前、1930年代に設定している。と聞くと、「軍隊に行け!」といわれる美少年ケルビーノの運命が気になるわけだが、ふたを開けてみるとそんなところに重点は置かれていなくて、まったくもって正攻法で細部まで練られたラブコメ。もうホントに完璧なラブコメ。力のある演出家が豊富なリソースを使って作りあげた舞台だけあって、ちゃんと笑える(客席も笑ってた)。これがいちばん難しいんすよね、愉快であるってことが。
●キャストはイルダール・アブドラザコフ(フィガロ)、ペーター・マッテイ(伯爵)、マルリース・ペーターセン(スザンナ)、アマンダ・マジェスキー(伯爵夫人)、イザベル・レナード(ケルビーノ)。スザンナもキュートだし、伯爵夫人も美しい。フィガロが少々太目ではあるものの、みんな容姿も役柄にあっていて、恰幅のいい中年男女が絡み合うドスコイオペラになっていないのが吉。回り舞台を活用した舞台転換から歌手の動きから全般にスピード感があって、穏健であってもかび臭くない。それに合わせたものなのか、レヴァインのテンポもきびきびしていて聴き惚れる。
●しかし、「フィガロの結婚」って、何回見ても話が途中からグダグダになっていると思う。モーツァルトの最高傑作かもしれないのに、そしてオペラ史上の最高傑作でもあるかもしれないというのに、この話の「イラッ」とさせる感って、なんなんすかね。初夜権を巡る騒動というストーリーはいいんだけど、「化かし合い」モードに入って以降のプロットが納得いかない。これって整合性がとれてるのかなあ? フィガロが実はマルチェリーナとバルトロの間に生まれた子供でしたっていう展開は、もう絶望的に終わっている。それなのに、史上最強の傑作だと確信して心の底から楽しめる。どんだけスゴいの、モーツァルトの音楽は!
●「フィガロの結婚」で唯一共感できる人物はアルマヴィーヴァ伯爵だと思う。彼は嫉妬深い小人物で、賢くもなければ寛大でもないんだけど、初夜権廃止とか、前日譚「セビリアの理髪師」での身分を隠しての恋とか、意識高い系の領主になりたくてしょうがない。フィガロやスザンナはファンタジーだけど、アルマヴィーヴァは現実。
●字幕もいい。「ババア!」のところは秀逸。
●ケルビーノの「壁ドン」演出とかあってもいい気がする。
November 19, 2014