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January 16, 2015

「男のパスタ道」(土屋敦著/日経プレミアシリーズ)

男のパスタ道●「そうだっ! それを知りたかったんだよっ!」と思わず声をあげたくなった「男のパスタ道」(土屋敦著/日経プレミアシリーズ)。新書一冊をまるまるペペロンチーニの作り方に費やしているというとんでもない本だが、まったくもって賛嘆するほかない。
●なぜかといえば、ごく当たり前のように対照実験をしているから。スパゲッティの作り方に関してはいろんな人がいろんなことを言う。お湯は大量に使え。塩はたくさん使え(あるいは使わなくていい)。オリーブオイルはエクストラヴァージンをたっぷりと。ソースにゆで汁を入れろ(あるいは入れるな)。麺はどれがいい、フライパンはアルミで、にんにくは、唐辛子は……。でも、それがなぜなのか、お湯はたっぷり使えというのなら、たっぷりじゃなかったらどうなるのか。そういう疑問に対して、いちいち粘り強く定量的な実験を試みて、読者の目から鱗を落としまくる。料理本で目にした「常識」とされるものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
●たとえばお湯に入れる食塩の分量について、段階的に濃度を変化させて、それを家庭内二重盲検法(←いいね、いいね!)によって比較する。ワタシは漠然と、塩を入れるのは(味付け以外に)沸点上昇の目的があるのかなと思いこんでいたんだけど、ぜんぜんそういう話ではなかったことがわかる。あるいは塩の種類について。塩なんてどの土地のどの製法による塩でもみんな塩化ナトリウムなんだから、本来どれも味は違わないはず。しかしある海塩を用いたところ、二重盲検法で9割の確率で味を区別できたという。パパーンと膝を叩きたくなった。これは塩以外の成分、ミネラルによって味が変わってくるということだろうが、ワタシらが知りたかったのは「ミネラル豊富な塩を使うとパスタがおいしくなりますよ」というレシピではないんである。そうではなく、「海塩を使ったら二重盲検法で9割の確率で区別できる味の違いが生まれる」のほうを知りたいんである。なんというか、料理と健康法とオーディオの世界は、思い込みなのか事実なのか迷信なのかよくわからない話だらけでうんざりさせられることが多いんだけど、こうしてはっきりと統計的な有意差があるんだということを示してくれるんなら、たとえそれが家庭内の簡易な実験でも十分に納得できるし、留飲が下がる。
●もうひとつ、この本のいいところは、究極のおいしいペペロンチーニのレシピを作りあげる一方で、そんなに手間暇かけられない場合の効率的かつ現実的な時短レシピみたいなものも用意してくれるところ。
●いちばんラディカルだと思ったのは、ソースにオリーブオイルを使うことに対して疑念を抱き、やがて太白ごま油にたどりつくくだり。凄味がある。