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April 17, 2015

「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ著、後藤泰子訳/シンコーミュージック)

「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ)●この本は時間をかけて読み進めたいので、読みはじめたところで先に紹介。「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ著、後藤泰子訳/シンコーミュージック)。ニューヨークタイムズの音楽評論家として活躍したショーンバーグの名著が、新しい翻訳でよみがえった。というか、正確には増補改訂版がようやく翻訳されたというべきか。原著は1963年で、かつて芸術現代社から邦訳が出ていたが、本書は87年原著刊行の増補改訂版を新たに翻訳したもの。訳はこなれていて、とても読みやすいのでご安心を。全544ページ、ずしりと重い。
●この本の狙いはまさしく書名通り、ピアノ演奏の歴史を一望しようというもので、ほぼ有史以来のピアノ演奏、つまりモーツァルトとクレメンティからスタートして現代の巨匠たち(ポリーニとかブレンデルとか、アシュケナージやペライアまで)をつなぎ目なくひとつの歴史の流れとしてとらえようとしているのが特徴。そう、実際に歴史はそんなふうにつながっているはずなんだし。なぜかワタシらはモーツァルトらのピアニスト兼大作曲家の時代と、現代の名手たちとの時代が、地続きであることを忘れがちだ。
●となれば、読む前に興味がわくのは(大いに職業的関心もあって)、「どうやって書くのか」という点。このアイディアで書くなら、3種類のピアニストをあつかうことになる。(1)ひとつはモーツァルトやベートーヴェンのような、だれも実際にはその演奏を聴いたことがないピアニスト。(2)もうひとつは初期の録音で聴ける往年の大ピアニスト。そして、(3)実際に著者が生で聴いたことのある現在の(といってもショーンバーグの同時代のという意味だけど)ピアニスト。まず読みはじめるにあたって、本の最初から(1)の部分を読み進めながら、(2)の部分と(3)の部分も拾い読みしている。分量としては(1)が圧倒的に多い。
●まだ全体のほんのほんのごく一部を目にしただけだが、(1)の部分はまちがいなくおもしろい。つまり、読み物としてのおもしろさ、読書の楽しみが保証されているなと感じる。なるほど、ショーンバーグって漠然と高名な評論家の先生みたいなイメージだったけど、長年新聞で書いていただけあって一般の読者に向けての書き方を心得ていて、さすがに巧い。アカデミックな香りを決して漂わせず、平たく書きながらも見識を感じさせる。一方、(3)の部分に入ると扱うピアニストによってかなり濃淡があるかもしれない。生演奏ではなくレコーディングのほうに重きを置いた記述が目立つのがやや意外か。(1)(2)との整合性を優先したためなのかどうなのかはわからないが……。現代のピアニストに対しては、よく演奏会評やレコード評で用いられるような形容句を積み重ねて演奏スタイルを詳述するというよりは、客観性を心がけつつ歴史的文脈のなかでの位置づけを明らかにしようとする記述が目立つだろうか。著者の基本的な姿勢として、19世紀風のロマン主義的なスタイルの演奏に対する共感がある、と思う。あ、いやいや、まだ読んでない、今から読もうとする本にそんなに決めつけてしまってはいけないのだった。ともあれ、これは「内容」という点でも「どう書くか」という点でも、大いに読みがいのある一冊になりそう。
●索引は力作。これはすばらしい。こういう本は索引の役割が超重要。できることなら電子版もあって検索できたら最高だけど。ひとつよくわからないのは訳者略歴が載っていないこと。名著の新訳という性格を考えれば、刊行の経緯なども記した訳者あとがきもぜひ欲しかった。