●旧国立競技場にはたくさんの思い出があるので、ほかのどのスタジアムより愛着がある。たとえばトヨタカップ。まだ自分も含めて日本人がサッカーをどう観戦すればいいのかわからなかった頃、ACミランのスター軍団を前にみんなほとんど黙って世界最高峰のサッカーを「鑑賞」していた。ラインを割ったボールを拾ってスローインしようとしたパパンに対して、だれかが「ジャン・ピエール!」と声をかけた。パパンは軽くガッツポーズを見せた。
●1993年、Jリーグの開幕試合も印象深い。異常なサッカーブームで日本中が沸き返る中、ヴェルディvsマリノスの一試合だけが新リーグ幕開けの試合として、他に先行して国立で開催された。ヴェルディ対マリノス(というよりは読売vs日産)は当時の黄金カードだったから。記念すべきJリーグ第1号のゴールにはカズか木村和司がふさわしいと思っていたが、マイヤーなる無名のオランダ人選手に決められてしまった。
●ワールドカップ予選もたくさん見た。なんといっても忘れられないのはフランスW杯の最終予選での対UAE戦。加茂監督が解任されコーチだった岡田武史が急遽監督に就任しての最終予選、勝たなければ絶望的という状況で先制するも追いつかれてしまいドロー、場内が険悪なムードになって、試合後に選手にイスまで投げられる事態に。超満員のスタジアムが一触即発の雰囲気になった。
●雨も記憶に残っている。スタジアムでは傘をささずにカッパを着て観戦していたが、雨には耐えられても寒さには耐えられないものだと知った。常に予想以上に冷え込む。Jリーグの試合で、あまりに寒くなってハーフタイムが終わっても客席にもどれずに外の通路でふるえていたことがあった。自分だけではなくたくさんの人がいたっけ。屋根はメインスタンドにしかなかったので、たいていの席は濡れる。ただし。ゴール裏の大きな電光掲示板、あれの下にほんのわずかに濡れずに済む狭い一角があって、そこで裏技的に雨宿りをしている人もいた。
●逆に酷暑での観戦もある。たぶん北澤豪の引退試合だったと思うが、あまりに暑くて熱中症になりかけたのだが、ソフトドリンクがすべて売り切れてしまっていてビールしかない(ワタシは飲まない)。会場内からビール以外の飲み物がなくなってしまった。ハーフタイムに入場口の係員に、どこかで水道水を飲ませてもらうか、あるいは一時退出して場外の自販機で飲み物を買わせてほしいと頼んだが、規則にないの一点張りでまったくらちが明かない。ゲートのすぐ外に自販機が見えているのに、こちらは暑さと渇きでぶっ倒れそうだ。場内には何万人もいる、このままでは何人倒れるかわからないと説得して、押し問答の末にようやくゲートを出て自販機にたどり着いた。試合のことより自販機のことしか覚えていない……。
●しかし、国立競技場はサッカー観戦に適したスタジアムではぜんぜんなかった。陸上トラックがあってピッチが遠いし、今の時代にふさわしい快適性や華やかさ、ホスピタリティを欠いていた。思い出深いけど、また行きたい場所ではない。唯一、圧倒的に優れていたのは交通アクセス。都心にあるので、試合終了後に「スタジアムを脱出するまでの長い待ち時間」がないのがよかった。たとえば、埼玉スタジアムなんかは、試合終了後から電車に乗るまでの間の待機時間がものすごく長くなるので、遠征するのが憂鬱になる。その点、新横浜駅まで歩ける日産スタジアムは楽なのだが、座席からピッチまでの距離が絶望的に遠く、生観戦しても遠くからテレビ画面を見ているような気分になってしまう。
●どんなスタジアムが欲しいかといわれたら、まず最優先は客席からピッチが近いこと。スタンドに十分な勾配があって後列でも試合が見やすいといい。陸上トラックの問題を解決する妙案がほしい。それから試合終了後の駅へのアクセス。一斉に何万人もの人が帰ろうとするので、安全で、なおかつ待ち時間が長くならないことが理想。売店等での飲食物の充実も必須。ハーフタイムにやたらと長い行列についた末に、おいしくもなく割高の食べ物を買わされると、うきうきした気分が萎えてしまう。
●雨に濡れずに済む屋根、寒い日のためのシートヒーター、十分な数のトイレも欲しい。それから、特別な機会のためのVIPルームのような個室観戦できるスペースもあったらうれしい。あるいは試合を観戦しながら食事を楽しめるレストランでも。託児やキッズ・エリアの必要性はないだろうか。あるいはシニア向けの配慮のあるエリアとか。試合がない日でも足を運びたくなる要素もあっていいんじゃないか(収益性にも貢献するかもしれないし)。熱心なファンのためのミュージアムやショップ、アミューズメント施設、普段は入れない場所も見ることができる見学ツアーなど。ピッチ上に立てるイベントなんかがあれば最高にワクワクする。練習体験とか、間近でのトレーニング見学とか。華やかで、モダンで、でもアットホームな雰囲気な場所だといい。上から眺めた形状に関心はない。鳥じゃないんだし。
July 23, 2015