●ニック・リード監督の映画「ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏」のプレス試写へ。よくこんな映画が実現したなと感心するほかない。ボリショイ・バレエ団を題材としたドキュメンタリーだが、なにしろ2013年に起きた元スターダンサーにして芸術監督のセルゲイ・フィーリン襲撃事件がきっかけとなって作られているので、ただ事では済まない。セルゲイ・フィーリンは何者かに硫酸を顔にかけられて失明の危機に瀕する重傷を負った。その後、襲撃を仕組んだとしてダンサーのパーヴェル・ドミトリチェンコが逮捕される。劇場内はフィーリンを支持する者とドミトリチェンコを擁護する者に分かれる。
●これだけでも衝撃的な事件だが、この映画で追いかけられているのは、むしろその後の劇場内の対立のほう。フィーリンはドイツで治療を受けて、劇場に帰ってくる。事件後に劇場総裁としてウラジーミル・ウーリンが招かれるが、ウーリンとフィーリンの間には過去に遺恨があり、互いに犬猿の仲であることを隠そうともしない。フィーリン、ウーリン、ダンサーたちなど劇場関係者の歯に衣着せぬインタビューが集められており、劇場内部に渦巻いている相互不信が赤裸々に伝わってくる。
●同じ劇場で働いている人たちなのに、こんなに堂々と公開映像を通じて相手を批判しあうというのも驚きだし、だれもが率直に語っているようでいて、実のところポジショントークをしているだけではないかという疑いもぬぐえない。ロシアでは権力を持つものとそうでない者との関係性が、ワタシらの知る世界とはずいぶん違うんだなという印象を受ける。こんなに刺々しい人間関係のなかで、いったいどうやって良い舞台を作っていけるというのだろうかと思うが、これらの証言の合間にさしはさまれるバレエの舞台映像は皮肉なほど美しい。
●ダンサーたちを集めた内輪のミーティングで、総裁のウーリンが演説をはじめると、フィーリンが噛みついて険悪になるシーンなんかも入っている。そこでウーリンが「今この劇場は音楽的な水準が低い。シーズン中なのに異例のことだが音楽監督を解任する」みたいなことを唐突に言い出して唖然とする。ていうか、その音楽監督ってヴァシリー・シナイスキーのこと? なんだかなあ。
●映画はだれの立場にも肩入れしていない。主要な登場人物のだれにも好感を持てないというドキュメンタリー。監督は「フレデリック・ワイズマン監督風」の撮り方を取り入れたといっている(ワイズマンよりずっと観客にフレンドリーな仕上がりだとは思うが)。しかし、こんな作品をボリショイ劇場側に見せたら、激怒されたんじゃないか、なぜ公開が許されたのだろう……と不思議に思っていたら、プログラムによればウーリン総裁は最終版を見て「妥協していない作品だと認めて、非常に気に入ってくれた」とか。むむ。そう聞くと、案外懐の深いヤツじゃないかと思えてくる。
●公開は2015年9月19日(土)より、Bunkamuraル・シネマほかで。全国順次公開。
August 5, 2015
映画「ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏」
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