●ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホール(DCH)でドキュメンタリー「チェリビダッケ、ベルリン・フィルへの帰還」が公開されている。なんと、日本語字幕付き。これは過去にもパッケージで発売されていたものなので見たことがある方も多いかもしれないが、DCHのチケットで手軽に見られるのは朗報。
●で、これが抜群のおもしろさ。かつてカラヤンとシェフの座を争った末にベルリン・フィルと袂を分かったチェリビダッケが、1992年にドイツ大統領が主催したチャリティ演奏会のために38年ぶりにこのオーケストラに帰還した。曲はブルックナーの交響曲第7番。リハーサル映像と関係者のコメントによって構成されている。天下のベルリン・フィルに向かって、チェリビダッケは「君らはブルックナーを知らないから、教えてしんぜよう」的な尊大な態度で立ち向かう。一小節と進まないうちにオーケストラを止めて、講釈を垂れる。長々と講釈をして棒を構えてやっと振るかと思ったら、そこでまた違う話を始める。指揮が始まったら始まったで、馬に鞭でも入れるかのように大声で叫ぶ。「ヴィオラ! ヴィオラ!! ヴィオラ!!!」(←だんだん大声で)。こんなにオーケストラから嫌われそうなリハーサルがあるだろうかと思うほど。でも出てくる音はすさまじい。
●オーケストラへの指示は、ときに細かく実践的で(どうしてそんなにヴィブラートをかける? 君たちはベルリン・フィルだから?)、ときに抽象的で衒学的だ。「音に音符以上の意味を持たせなければいけない」「最後の一音は最初の一音の論理的な帰結でなければならない。終わりは始まりのなかにある」「美ではない、美は一時的だ。しかし美は真実に到達する」。うん、きっとその通りなんだろう。でもそれっていったいどうやって弾けばいいのよ? カメラは楽員の表情をとらえる。うんざり顔、ナーバスになっている顔、苦笑する様子……。ピリピリとした張りつめた空気が、どんよりと流れつつも、進むにつれてやがてリラックスした表情も増えてくる、と見えなくもない。にこやかな場面の後に唐突に終わる。
●古参団員たちの証言もおもしろい。終戦直後の混乱期、ベルリン・フィルは自分たちとともに歩んでくれる指揮者を見つけられず、音大を出たばかりで指揮の経験がわずかしないチェリビダッケに白羽の矢を立てる。フルトヴェングラーの信奉者チェリビダッケは大きな成功を収める。チェリビダッケはベルリン・フィルをしごきまくった。やがて、チェリビダッケの要求を満たせない年長団員たちとの軋轢が生じた。オーケストラはフルトヴェングラー支持のベテラン勢と、チェリビダッケ支持の若手勢に二分されることになった……。
●映像ドキュメンタリーの常として、作り手は自分の見せたいストーリーを見せることができる。この作者はだれなんだろう。
●本番の映像もDCHで見ることができる。パッケージでほしいという方はDVD等でも入手可能。
August 28, 2015